2016年2月8日月曜日

「ブライトナー 着物の少女」展

Girl in a White Kimono, 1894, George Hendrik Breitner. Rijksmuseum, Amsterdam

オランダ各地の美術館で、着物を着た愛らしい少女の作品を目にする。これらの作品を描いたのはオランダ人画家ジョージ・ヘンドリック・ブライトナーだ。アムステルダム国立美術館では、ブライトナーが制作した着物を着た女性を描いた全13作品を展示する「ブライトナー 着物の少女」展を開催する。
ジャポニスムの影響
ブライトナーが着物の少女の作品群を描いたのは1894年頃のことである。パリでジャポニスムが花開いていた頃で、モネやゴッホなど、ヨーロッパの芸術家たちは日本美術に多大な影響を受けた。ゴッホの友人のひとりであるブライトナーも西洋美術の伝統に染まらず、平面的で明快なコントラストを占める日本の版画に強い関心を抱き、自ら収集もしていた。

着物の少女、ヘーシェ・クワク
fig. G.H. Breitner, Geesje Kwak in rode kimono, 1893-1895.
Daglichtgelatinezilverdruk, originele afdruk. RKD,
Nederlands Instituut voor Kunstgeschiedenis, Den Haag
着物を着た少女は、帽子店で働く店員ヘーシェ・クワクで、16歳から18歳にかけて頻繁に彼のモデルを務めた。彼女を描いた作品のうち、ほとんどが同じ室内で描いたものである。東洋の敷物で覆われたベッドのすぐ後ろに屏風が置かれ、奥行を制限することで親密な印象が強められている。ベッドに横たわるヘーシェは、白地または赤地の小花を散らした着物を身につけている。クッションに頭を預けたり、両腕を頭の後ろに回したりして、物憂げに宙を見ている。

写真
オランダ国立美術史研究所にはブライトナーが撮影した写真2300枚が所蔵されている。ブライトナーは、レンズを通して観察したものを咀嚼し、カンヴァスに描きとめた。《着物の少女》のために撮影した写真(fig)と作品を見比べると、彼の思考の道のりを辿ることができるだろう。

「ブライトナー 着物の少女」展は2月20日から5月22日まで

アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum
Museumstraat 1
1071 CJ Amsterdam
The Netherlands
https://www.rijksmuseum.nl/en
開館時間:
9:00-17:00 年中無休

2016年1月9日土曜日

「カレル・アペル回顧展」

Karel Appel, Vlammend Kind met Hoepel, 1961,olieverf op doek,
320 x 230 cm. Collectie Musée d’Art Moderne de la Ville de Paris,
France© Karel Appel Foundation, c/o Pictoright Amsterdam, 2015
1948年に前衛美術運動のグループ「コブラ」の創設に参加し、表現主義的な作風によって戦後美術の原点の一人として大きな影響をおよぼしたカレル・アペルの展覧会が、その没後10年を記念して、母国オランダのデン・ハーグ市立美術館で開催される。そこではコブラのメンバーとして活躍していた時期の作品を含め、油彩67点、彫刻12点、素描60点以上が展示される。


カンヴァスとの闘い
ヤン・フライマンによる「カレル・アペルの真実」というドキュメンタリー映画。そこに映し出されたアペルは、まるで闘志を剥き出しにした格闘家のようだ。自分の背丈以上のカンヴァスに立ち向かい、カンヴァスが揺れるほど絵の具の塊を叩きつけ、刷毛で薙ぎ払い、唸り声をあげながらチューブからカンヴァスに直接絵の具を絞り出している。アペルは色彩に直に感情表現を担わせ、力強い作品を描いた。彼は自らの作風を確立すると、60年以上のキャリアの中で、そのスタイルを維持しながら果てしなく進化させ、実験的な作品を残した。

制作のための綿密な準備
彼の作風は表現主義的で一瞬の激情をそのままカンヴァスに叩きつけたような激しさを持っているが、実際には、制作を行うまでには綿密な準備を行っていた。レンブラントやゴッホ、ピカソ、モンドリアンなどの画面構成を仔細に研究し、幾枚ものスケッチを描いて構成を練り、絵の具や道具を慎重に選定した。

1950年以降
1950年にパリに移り住んで以降、彼は世界的な賞を立て続けに受賞した。その後、ニューヨーク、コネティカット、モナコ、トスカーナの4つのアトリエを移動しながら精力的に制作を続け、2006年、当時住んでいたチューリッヒでその生涯を閉じた。

「カレル・アペル回顧展」は、2016年1月16日から5月16日まで開催(月曜日休館)。

デン・ハーグ市立美術館 Gemeentemuseum Den Haag
Stadhouderslaan 41
2517 HV Den Haag
The Netherlands
http://www.gemeentemuseum.nl/en
開館時間:
火曜日-日曜日: 11:00-17:00
休館日:毎週月曜日

2015年12月7日月曜日

「ボッシュからブリューゲルまで—日常生活の発見」展


オランダ、ロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館では「ボッシュからブリューゲルまで—日常生活の発見」展を開催中だ。この展覧会では、風俗画の草分けであるヒエロニムス・ボッシュから、農民画家ピーテル・ブリューゲル(父)までを展望する。

16世紀のヨーロッパは、カトリック教会の権威が堅固でなくなり、人文主義と宗教改革による神と人間との新しい展望が示された時代である。また、カルバン派などの運動により聖書の制約から人々が解き放たれた時代でもあった。そうした時代と人々を風俗画は痛烈に描く。農民や傭兵、乞食、ふしだらな女性。食事をたらふく食べ、酒を浴びるように飲み、性に強い関心を持ち、仕事はなまけ、男性は女房の尻に敷かれる。作品の購入者となった都市生活者は、彼らの中でもとくに農民を「無学な愚か者」として嘲笑した。

ピーテル・ブリューゲル(父)が描いた《農民と鳥の巣盗り》(fig.1)には、木の上で鳥の巣を盗んで今にも木から落ちそうになっている男と、彼を指さして笑っている農民。農民は他人の失敗を笑っているが、あと一歩で自分が川に落ちることに気づいていない。一見すると愚かな農民を描いたように思われる作品だが、この作品を描いたとき、ブリューゲルの頭のなかには、哲学者を行く手の危険に気付かない単純な人物として風刺したエラスムスの風刺文学『痴愚神礼賛』があったとされる。

収税吏や銀行家、弁護士らは、時代遅れの豪華な衣装で着飾って現実の姿とはかけ離れた姿で描かれることが多い。金儲け主義の欲深い人物としてやはり嘲笑の対象であったのだ。

「ボッシュからブリューゲルまで—日常生活の発見」展は2016年1月17日まで(月曜日休館)













ボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館 Museum Boijmans Van Beuningen

Museumpark 18-20
3015 CX Rotterdam
the Netherlands
+31 20 570 5200
http://www.boijmans.nl/en/

開館時間:

火曜日~日曜日 11:00-17:00
12月5、24日、31日 11:00-16:00

休館日:

毎週月曜日及び1月1日、4月27日、12月25日

2015年11月17日火曜日

「ムンクとゴッホ」展

fig.1 Edvard Munch, Self-Portrait with Palette,
1926. Private collection

ノルウェーの画家エドワルド・ムンク(1863-1944、fig.1)とオランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890、fig.2)の二人は、その生涯に出会うことはなかった。しかし、同時期に画家として歩みをはじめ、同時期にパリに滞在して新しい芸術を貪欲に吸収し、非常に類似したテーマに取り組んだ。画家として似たような道のりを辿ったにも関わらず、それぞれが生み出した絵画は大きく異なる。オランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館で開催中の「ムンクとゴッホ」展は、ゴッホ美術館とオスロのムンク美術館との長年にわたる共同研究をもとにし、彼らの類似点と相違点を検証した展覧会である。

ゴッホはムンクより10年早く生まれたが、彼らの画家としての経歴はほとんど同時期の1880年頃に始まった。彼らはまず母国で自然主義的な画家の影響を受けて伝統的な画題に取り組み、抑制された色遣いをしていた。しかしすぐに、伝統的な描き方では飽き足らなくなり、芸術の都パリへと赴く。ムンクは1885年、ゴッホはその翌年の1886年のことであった。



fig.2 Vincent van Gogh, Self-Portrait as a Painter,
1887-1888. Van Gogh Museum, Amsterdam.
(Vincent van Gogh Foundation)

同時期にパリに滞在していた二人が出会うことはなかった。しかし、二人ともモネの光と色彩表現を尊敬し、マネの肖像画やロートレックの人物画にインスピレーションを受け、ピサロの点描技法を経験し、カイユボットの画面構成を取り入れ、新しいアイディアをスポンジのように吸収し、自らの芸術を確立していった。

さらに二人を深く結び付ける類似点は、人間の存在の本質と、その意味を追求する姿勢であった。繰り返され続ける生や死、愛と希望の喪失による恐怖と苦痛など、答えの出ない本質的で普遍的な問題に熱心に取り組んだ。奇しくも二人とも、恋愛のもつれにより、自らの身体を傷つけている。ゴッホはこれらのテーマを《子守女(オーギュスティーヌ・ルーラン)》《荒れ模様の空の麦畑》《サン・ポール療養院の庭》で、ムンクは《星明りの夜》《叫び》《病気の子ども》《マドンナ》で取り組んだ。

このように、同じ絵画技術を習得し、同様のテーマを扱っていたのにも関わらず、二人が描いた作品は大きく異なっている。それぞれの代表作である、ゴッホの《ひまわり》、ムンクの《叫び》を比べると理解できるだろう。ゴッホは現実世界を、練習に練習を重ねたうえで描き、ムンクは見ているものではなく、見たものを現実世界に縛られることなく自由に描いている。ここに二人の画家の個性の在り方が浮き彫りにされていると考えられる。


「ムンクとゴッホ」展は、1月17日まで開催。

ゴッホ美術館 Van Gogh Museum
Museumplein 6
1071 DJ Amsterdam
The Netherlands
+31 20 570 5200
http://www.vangoghmuseum.nl
開館時間:
2月28日まで9:00-17:00 (金曜日は22:00まで)
9月27日から10月31日まで9:00-18:00 (金曜日・土曜日は22:00まで)
2015年12月25日(金)は9:00-17:00
2016年1月1日は11:00-22:00

2015年10月26日月曜日

国家それとも市民?芸術品購入の資金源

レンブラント作品をめぐりオランダとフランスが政治決着


オランダとフランスがレンブラントの名作を「共同購入」することになったというニュースが、欧州のアート業界の関心を集めている。

その作品とは、17世紀オランダ黄金時代の巨匠・レンブラントによる2枚1組の肖像画(fig.1)。モデルはオランダ上流階級の若い男女で、1634年、結婚を記念して描かれたものだという。19世紀末、フランスの富豪・ロートシルト家に売却され、現在に至るまで同家のコレクションの一部であり続けた。
この作品が1億6000万ユーロ(約220億円)で売却されることとなり、オランダ・国立美術館は2作品両方を所有するため資金調達を目指したが、同時にフランス政府も、ルーヴル美術館のコレクションに加えるため、片方のみの購入を画策したという。
fig.1 レンブラント Maerten Soolmans と Oopjen Coppit の肖像画


結局、オランダ側は全額を集めることができず、オランダとフランスの政府間交渉の結果、それぞれが半額の8000万ユーロ(110億円)で片方ずつ所有するという「政治決着」がはかられた。

結局、ペアで展示されるべき2作品を2カ国で分け合う結果となったが、今後、片方をお互い貸し出しあって必ず「カップル」として展示する約束だという。
高額な美術品の購入はもちろんのこと、文化活動には資金不足がつきもの。今回話題となったレンブラント作品は、2カ国でいわば「共有」する形で決着したが、昨今の財政難で国庫からの支出は益々困難になっている。そこで注目を集めているのがインターネットを活用し、一般市民から広く浅く資金を集める「クラウド・ファンディング」だ。



美術品購入に有効なクラウド・ファンディング


この「クラウド・ファンディング」の手法を使った寄付キャンペーンが、現在、パリの2つの美術館によって進行中だ。



ルーヴル美術館《矢の切れ味を試すクピド》

fig.2 ジャック・サリー《矢の切れ味を試すクピド》

まず、ルーヴル美術館が予定する大理石像《矢の切れ味を試すクピド》(fig.2)購入のためのクラウド・ファンディング。ルイ15世の愛妾、ポンパドゥール夫人が彫刻家ジャック・サリーに注文したもので、ぼっちゃりした指先で矢の先に触れる可愛らしいしぐさに目を奪われる。

《矢の切れ味を試すクピド》募金ウェブサイト(日本語)



ギメ東洋美術館「甲冑」



もう一件は、アジア美術を専門とするギメ東洋美術館が購入を目指す日本の「甲冑」。17世紀に制作されたもので大変保存状態もよい逸品とのこと。

「甲冑」購入キャンペーン・サイト(仏語のみ)



いずれも、美術館の公式ホームページ上に特設ウェブサイトが置かれ、作品情報、クレジットカードの決済フォームのほか、資金の集まり具合が一目でわかるようになっている。
寄付するメリットとして、募金額の多寡によって、美術館の無料チケットから鑑賞のための夜会への招待まで、様々な特典が準備されている。美術ファンにとっては、国宝級の傑作を身近に感じるまたとない機会ともいえそうだ。

2015年10月18日日曜日

芸術家としてのディック・ブルーナ

Illustration Dick Bruna © copyright Mercis bv, 1997

オランダを代表するかわいいウサギの女の子のキャラクター、ミッフィー(うさこちゃん)。60年前の1955年6月21日に絵本「ちいさなうさこちゃん」が出版されて以来、これまで世界中の多くの子どもたちに親しまれてきた。このミッフィーを世に送り出したのはオランダ人のディック・ブルーナだ。現在、ミッフィーの誕生60周年を記念して「ディック・ブルーナ アーティスト」展がアムステルダム国立美術館で開催されている。


ブルーナは、幼い息子が夜寝る前に、かつて息子と一緒に見たウサギの話を聞かせていた。このウサギが、のちのミッフィーである。ワンピースを着たウサギの姿が頭に浮かんだのは、マティスの作品を見たときであったと、後年、ブルーナは語っている。
ブルーナがマティスの作品に初めて触れたのは、家業である出版社を継ぐための研修としてパリを訪れた時であった。仕事の合間を縫って美術館や画廊に足しげく通い、そこに並んだマティスやレジェ、ピカソのなどの作品を驚きの目で見つめた。それまでゴッホやレンブラントなどの画集に親しんでいたブルーナは、彼らが用いる抽象的でシンプルな形と単一の色彩で塗られた色面、またそれらを形作る力強い線に衝撃を受けたのである。


Dick Bruna at the Rijksmuseum in 2011.
Photo: Rijksmuseum
一時期、ブルーナはマティスの滑らかで流れるような線を自分のものにしようと努力を重ねていた。「あのころのデッサンを見ると、マティスを模倣することなく、私が彼のようになろうとしていたことが分かるだろう」と、ブルーナは振り返る。彼らの作品の間には丸みを帯びた滑らかな描線のような明らかな類似点が見られるが、もちろん相違点もある。マティスはさらさらとよどみなく筆を走らせ、一本の線のなかでも太さや濃淡が変化するが、ブルーナは確実に輪郭を捉えようと慎重に筆を進めている。

マティスに線を倣ったブルーナであるが、その他にもピカソやブラック、レジェなどの明快な線描や最小限の色彩での表現に創作意欲を掻き立てられた。また、ミッフィーの絵本を特徴づける正方形のフォルムは、オランダの芸術運動デ・スティルに参加していたヘリット・リートフェルトの影響である。会場では、これらの画家たちの作品とブルーナの作品を並べて展示し、絵本作家ではなく、画家としてディック・ブルーナの画業を捉えなおそうとしている。

「ディック・ブルーナ アーティスト」展は11月15日まで。
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum
Museumstraat 1
1071 CJ Amsterdam
The Netherlands
www.rijksmuseum.nl/en
開館時間:
9:00-17:00 年中無休

2015年8月18日火曜日

「ジャクソン・ポロック―ブラインド・スポット」




テート・リヴァプールでは、この夏、ジャクソン・ポロックの最晩年(1951-1953年)に焦点を当てた展覧会「ジャクソン・ポロック-ブラインド・スポット」を開催している。彼の代名詞とも呼べる技法「ポーリング」や「ドリッピング」で旺盛に作品制作を行った後に作風をがらりと変えた最晩年は、これまでそれほど注目されてこなかった時期にあたる。

ポロックの生涯はまさに映画の主人公のようであった。1930年代のニューヨークで不安定な精神状況とアルコール依存に苦しみながら作品制作を行っていた彼は、ある日、著名なコレクターであるペギー・グッゲンハイムに見出されて一躍、時の人となった。床に広げた大きなキャンバスに絵具をふり注いで描く「アクション・ペインティング」で注目を集め、1950年の絶頂期に至るまでには、歴史に残る大作を何点も生みだした。(fig. 1)

彼が確立した「ポーリング」や「ドリッピング」の技法は、床に広げたカンヴァスの上に流動性の高い塗料を流し込んで描いていく技法である。繊細で伸びやかな、手では描き出せない長い線を画面上に紡ぎ、大作を次々と制作した。


しかし、この技法で純粋な線によってのみ作品制作をした時期はわずか4年ほどしかなかった。そして1951年からはそれまでに確立されたかに見える様式と抽象表現をあえて否定するかのように、人物や動物などの具象的なイメージが画面に現われ、色彩もカラフルなものから白と黒のモノクロームを主体としたものへと変化した。《ポートレートと夢》(1953年、fig.2)では、左側の作品には女性の全身像が、右側には女性の顔が認められる。彼は自らの作風が様式化することを恐れ、我々のブラインド・スポット(盲点)を突くような作品を生み出すために常に変貌することを望んだ。だが、新たな作品を模索する闘争の苦しみによるスランプのためか、1951年の個展の評判が散々であったことを気に病んだためか、再びアルコールに溺れ、1956年に自動車事故で44歳という若さで流星のようにこの世を去った。

「ジャクソン・ポロック―ブラインド・スポット」展は、2015年10月18日まで開催 (開催期間中無休)。
テート・リヴァプール Tate Liverpool
Albert Dock
Liverpool, Waterfront
United Kingdom
http://www.tate.org.uk/visit/tate-liverpool
開館時間:
10:00-17:50 (第一水曜日は10:30-17:50)
休館日  4月3日、12月14-16日