2015年4月26日日曜日

ベラスケス展

Fig. 2 Diego Velazquez, Portrait du pape Innocent X,
1650, 140 x 200, oil on canvas, Rome, Galleria Doria
Pamphilj, © Amministrazione Doria Pamphilj srl



17世紀はスペイン絵画の黄金時代といわれる。この時代を代表するのはマドリードの宮廷に仕えたディエーゴ・ベラスケスである。宮廷画家であった彼の作品の半数は、現在でも代表作《ラス・メニーナス》をはじめとしてプラド美術館が所蔵している。今回のパリ・グランパレにおける回顧展ではプラド美術館の作品を核に、名高い肖像画、神話画、静物画などを展示し、包括的に彼の画業を紹介している。

ベラスケスは1599年にスペインのセヴィリアに生まれ、12才のときに画家であり美術史研究家でもあったフランシスコ・パチェーコのもとで絵を学び始めた。すぐさま頭角を表した彼は、師の勧めもあって宮廷画家になることを志し、1622年に首都マドリードへと向かう。初期の風俗画や宗教画にはカラヴァッジオの間接的影響が見られるが、1623年に宮廷画家になったのちは、王室コレクションのヴェネツィア絵画との接触やスペイン王室を訪れたルーベンスとの交流、彼に勧められて行った2回のイタリア旅行などにより、様式と技法が洗練され、大まかな筆触により視覚的印象を的確にとらえるという革新的な描法を獲得した。



二回のイタリア滞在は、ベラスケスの作品に大きな飛躍をもたらした。1630年の一回目の滞在では、初めて風景画を手掛けた。逗留先のメディチ家の別荘を描いた《ヴィラ・メディチの庭園》は、19世紀以前にはほとんど例のない屋外で描かれた風景画である。鬱蒼と生い茂る葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日、建物の壁面に当たる樹木の影、風にそよぐ葉によって素早く移り変わる光を巧みな筆で捉えている。イタリアで研究した風景画の成果は、スペインに帰国した後に肖像画の背景として取り入れられた。また、この時期のベラスケスは風景画だけでなくさまざまな主題に意欲的に取り組んでいる。そのうちの一つが神話画である。傑作《鏡のヴィーナス》(fig.1)はベラスケスが描いた裸婦像で唯一現存している作品で、厳格なカトリック教国であった当時のスペインにおいて極めて稀な題材であった。


Fig. 1 Diego Velázquez, Vénus au miroir,
c. 1647-1651, oil on canvas, 122,5 x 177 cm,
London, the National Gallery, © The National Gallery
1650年の2回目のイタリア滞在では、当時のキリスト教圏内の絶対的な支配者であった≪教皇イノケンティウス十世≫(fig.2)を描いた。 対象の内面まで深く掘り下げられた写実的描写は、肖像画家として名を馳せていたベラスケスの作品のなかでも最も優れたものである。

展覧会の最後は宮廷画家として多くの人物を描いてきた彼自身を描いた自画像で幕を閉じる。静かにこちらをじっと見据える思慮深い瞳が印象的な作品である。





ベラスケス展は7月13日まで(火曜日休館日)。

グラン・パレ Grand Palais
3 Avenue du Général Eisenhower
75008 Paris, France
www.grandpalais.fr/en
開館時間:
日、月曜日 10:00—20:00
水−土曜日    10:00—22:00
休館日   火曜日、5月1日

2015年3月27日金曜日

シャガール回顧展

詩情あふれる色彩でさまざまな愛を謳いあげたシャガールの回顧展が、ブリュッセルの王立美術館で開催されている。1908年、シャガールが21歳の時に描いた作品から最晩年の作品までを含む200点以上の絵画作品および、彼がデザインした舞台衣装などが展示されている。

Fig.1 Marc Chagall, The Promenade, 1917-1918,
oil on canvas, State Russian Museum, Saint Petersburg
© Chagall ® SABAM Belgium 2015
マルク・シャガールは1887 年にロシアのヴィテブスク(現ベラルーシ共和国)でユダヤ人として生を受けた。絵を描くことに興味を抱いたシャガールは、本格的に絵を学ぶためにサンクトペテルブルクにある帝室美術奨励学校に通い、そこでフランスをはじめとする新しい芸術の潮流に触れた。シャガールの関心は芸術の中心地であるパリへと移り、ロシアを離れることを決意した。

賑やかで都会的なパリの街や共同アトリエ「ラ・リュッシュ」(蜂の巣)に住む画家仲間、レジェ、アーキペンコ、モディリアーニらはシャガールにさまざまなテーマや新しいモティーフを提供し、彼の創作意欲を刺激した。しかし、シャガールは故郷ヴィテブスクを忘れることができず、その風景 (Fig.1) とそこに暮らす家族や人びとの姿、ユダヤ文化にもとづくさまざまなモティーフをカンヴァスに描き続けた。

今回の展覧会は、敬虔なユダヤ教徒の家庭に生まれたシャガールのユダヤ文化や伝統への関わりを主題に置いている。シャガールの名前も、もともとは旧約聖書のユダヤ教の預言者モーセにちなみモイシェ・シャガール(Móyshe Shagál)と名付けられ、パリにおいて現在知られているマルク・シャガールと改名された。


シャガールは、ロシア革命、第一次大戦などの世界情勢の変動によって国を追われ、フランス、ロシア、アメリカの間を妻ベラとともに、さまよえるユダヤ人となって移動した。1941年、シャガールはナチス・ドイツの迫害から逃れるためにフランスからアメリカに渡る。

Fig.2 Marc Chagall, Definitive Study for the Ceiling
of the Opéra Garnier,  Paris, 1963, gouache on paper,
glued on canvas. private collection
© Chagall ® SABAM Belgium 2015
シャガールと妻ベラがアメリカへ到着したのと時を同じくして、故郷ヴィテブスクがナチス・ドイツ軍の侵略によって灰塵に帰し、その三年後には、愛してやまなかったベラが急死する。戦争により故郷を失い、そして愛する妻を亡くしたシャガールにとって芸術は絶望から逃れられる場所となった。彼は、レオニード・マシーンが振付したバレエ「アレコ」とイゴーリ・ストラヴィンスキー作曲、ジョージ・バラシン振付によるバレエ「火の鳥」の舞台背景と衣装のデザインに没頭する。第二次大戦後はパリに戻り、1960年にアンドレ・マルローの依頼でオペラ座の天井画の制作依頼を受け、より大きく自由な作品を描く機会を得、見事にそれを成功させたのである(Fig.2)。

97年の長い生涯において、旺盛に制作をつづけたシャガールの多彩な世界に浸れる展覧会である。

シャガール回顧展は6月28日まで(月曜日、5月1日休館日)
ベルギー王立美術館 Royal Museums of Fine Arts of Belgium
Rue de la Régence 3 / Regentschapsstraat 3
1000 Brussels
Belgium
www.fine-arts-museum.be/en
開館時間:
火—金曜日 10:00—17:00
土、日曜日    11:00—18:00

2015年2月15日日曜日

「フリック・コレクション ニューヨークの至宝」展

Fig.1 Jean-Auguste-Dominique Ingres
(1780-1867), Portrait of Countess
D'Haussonville
, 1845, Oil on canvas,
131,8 x 92,1 cm,
The Frick Collection, New York;
photo Michael Bodycomb

約2年に及ぶマウリッツハイス美術館の改装で誕生した新館ロイヤル・ダッチ・シェル・ウィングで、初めての本格的な展覧会「フリック・コレクション」展が2月5日からはじまった(開催は5月8日までを予定)。フリック・コレクションは、1935年にアメリカの実業家ヘンリー・クレイ・フリック(1849-1919)が40年以上かけて収集した作品を、彼の死後に美術館として拡張した自宅で一般公開したのが始まりである。13世紀から19世紀まで幅広い時代の作品を有し、絵画、素描、彫刻、家具調度品などジャンルも多岐にわたる。

フリック・コレクションのアイコンである、フランス新古典主義の巨匠ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルの《ドーソンヴィル伯爵夫人》(Fig.1)がこの展覧会に貸し出されている。この作品はアングルが1841年に2度目のイタリア滞在からフランスに帰国し、フランス美術界の要職を歴任した時期に描かれた。豪華な調度品のなかに、水色のドレスに身を包んだ女性が佇む。赤い髪飾りが可愛らしく若々しい雰囲気を醸している。陶器のように滑らかな肌、艶やかなサテン地のドレス、卓越した描写は必見である。



Fig.2 John Constable (1776-1837), The White Horse,
1819, Oil on canvas, 131,4 x 188,3 cm, The Frick Collection,
New York; photo Michael Bodycomb

フリック・コレクションとマウリッツハイス美術館の作品を見比べつつ鑑賞できるのは贅沢な愉しみであろう。例えば、フリック・コレクションが有するジョン・コンスタブルの傑作《白い馬》(Fig.2)とマウリッツハイス美術館が所蔵するライスダールの《漂白場越しに見るハーレムの眺め》である。コンスタブルは19世紀のイギリス風景画家を代表し、一方のライスダールは17世紀のオランダを代表する風景画家である。二人は故郷を愛し、絵画に表わしたが、この二枚の絵もそうである。穏やかで繊細な光の描写やのどかで田舎的な雰囲気からは、二人が愛情をもってこの風景を眺めていたことが感じられるようだ。この展覧会に訪れたら、ぜひふたつの愛すべき美術館のコレクションを楽しんでほしい。

フリック・コレクションの作品がヨーロッパに貸し出されることは初めてのことであり、オランダの美術館では所蔵が限られているチマブーエ、ファン・アイク、メムリンク、レイノルズなどが出品される貴重な機会である。マウリッツハイス美術館が所蔵するレンブラントやフェルメール作品も併せて楽しんでほしい。

フリック・コレクション展は5月8日まで。

マウリッツハイス美術館 Mauritshuis Museum
Plein 29
2511CS, Den Haag
The Netherlands
http://www.mauritshuis.nl/en/
開館時間:
月曜日       13:00—18:00
火、水、金—日曜日 10:00—18:00
木曜日       10:00—20:00

2015年1月14日水曜日

ゴッホ没後125年






2015年はフィンセント・ファン・ゴッホの没後125年を迎える。この記念すべき年に、ゴッホの故郷オランダでは「Van Gogh 125-125年にわたるインスピレーション」と題し、オランダ各地でゴッホの生涯と作品、さらに現在に至るまでの、ゴッホが後世の画家に与えた影響を振り返る展覧会が開催される。

チューリップで有名なキューケンホフでは花を使ってゴッホの自画像が再現され、ゴッホ生誕の地ズンデルトではフラワーパレードが行われる予定。また、ズンデルトや、《馬鈴薯を食べる人々》を描いたニューネン、ゴッホが暮らしたエッテンをつなぐサイクリング・コースが整備され、ゴッホが描いた土地をゆっくりと、景色を楽しみながら巡ることもできる。さらにゴッホが暮らしたニューネンでは、オランダ人アーティスト、ダーン・ルースガールドによるゴッホが描いた《星月夜》をイメージしたサイクリングロードが昨年11月12日に完成した。夜になると道路に埋め込まれた石が発光して輝き、とても幻想的な風景が広がる。

Vincent van Gogh, Sunflowers, Arles,
January 1889, oil on canvas, 95 cm x 73 cm,
Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
ゴッホの没後125年で盛り上がるオランダであるが、ゴッホの生涯と作品を知るうえで決して外せないのが世界一のゴッホ・コレクションを誇るファン・ゴッホ美術館クレラー・ミュラー美術館である。

ゴッホ美術館は2015年に先立ち、2014年11月28日より館内の展示が大幅にリニューアルされた。所蔵するゴッホの手紙や豊富な一次資料、修復によって得られた貴重なデータを作品とともに展示し、より深くゴッホの生涯と作品を知ることができる展示になっている。9月25日からは企画展「ムンク―ファン・ゴッホ」が開催される。苦悩に満ちた人生が作品に大きな影響を与えたことは、このふたりの偉大な画家に共通し、ムンクがパリに訪れた際にはゴッホの作品を研究していたというつながりもある。二人の繊細な感性から生み出される作品から二人の共通点と相違点を探っていく。

クレラー・ミュラー美術館では4月25日より「ファン・ゴッホと仲間たち」展が開催される。約50点の作品を展示して、初期から晩年まで同時代の画家たちの作品と比較展示することでゴッホの創造性を探る展覧会である。

ゴッホ関連のイベントがオランダで40以上、そのほかフランスとベルギーでも予定されている。詳しくはウェブページ「Van Gogh Europe」の「Van Gogh 125」(http://vangogheurope.eu/program2015/)を参照のこと。

2014年12月12日金曜日

「レンブラント―晩年の作品」展


世界中で毎年多くの展覧会が開かれているが、時に、人生に一度しか見られない展覧会がある。現在、ナショナル・ギャラリーで開催中の「レンブラント―晩年の作品」展は間違いなくその中のひとつである。

画家の晩年に焦点を当てた展覧会には、自分の人生の終わりを意識して不安になる一人の人物像が浮き上がってしまう。レンブラントは金銭的な問題を抱え、正式に婚姻を結んでいない内縁関係の女性について教会から追及されてしまう。1656年には自己破産をし、豪邸と収集していた美術品や骨董品、そしてアトリエを手放さなければならなくなった。このような時期において制作意欲が削がれるだろうと想像することは難くない。しかし、展示された作品群からはそのような印象は全く受けない。意欲的に制作に取り組み、魂に訴えかけるような新しい芸術を模索する画家の姿が見えてくる。


展覧会はレンブラントが生涯にわたって取り組んだ自画像から幕を開ける。全80点の自画像から晩年に制作された7点が展示されている。《二つの孤のある自画像》(c. 1665-1669、fig.1)は自己破産して10年経ってから描いたものであるが、そこに描かれた絵筆とパレットを持って胸を張る姿からは、画家としての矜持が見てとれる。一方、亡くなる年に描かれた《63歳の自画像》は手を組み合わせてこちらに視線を向けている。この作品をX線撮影したところ、初めの構想では絵筆を持っていたことが分かった。温かな光に包まれたこの作品には、画家としての誇りも脱ぎ捨てた、より深いレンブラントの内面が表れている。

この展覧会は、2015年2月12日から5月17日までオランダ・アムステルダム
国立美術館(写真)に巡回。
この展覧会には有名作品だけでなく、素晴らしい作品にもかかわらずこれまであまり知られてこなかった作品も展示されている。《バタビア人の陰謀》(c. 1661-1662、fig.2)はレンブラントが描いた中で最大の作品(5x5m)である。この作品には「光と影の画家」と称されるレンブラントの力が遺憾なく発揮されている。人々の背に隠れているろうそくの金色の光が白いテーブルクロスに反射し、反徒たちの顔を下から照らしている。ほとんど褐色の絵の具だけで描き出したことも驚異的である。

この作品はバタビア人がローマ帝国に対して起こした反乱をたたえて描かれた作品群の一枚で、オランダ人たちはこのバタビア人たちが起こした反乱を、スペインからの独立をはかって1648年に終結する80年戦争を戦った自らの姿を重ね合わせている。しかしながら、レンブラントのこの作品は市庁舎に数ヵ月飾られただけで降ろされた。その理由は伝統的に隠されていた主人公のガイウス・ユリウス・キウィスの隻眼を描いたためとも言われているが、はっきりとはしていない。しかし、作品は返却され、支払いもなされなかった。その後、レンブラントはこの巨大な作品を売却するために約4分の1の大きさに切り取ったため、現在のサイズ(196×309㎝)になった。

本展覧会には自画像、歴史画、肖像画の他に内縁の妻ヘンドリッキェをモデルに何気ない日常生活の中に聖書の一節を紛れ込ませた作品など油彩画40点、素描20点、版画30点が出品されている。「レンブラント―晩年の作品」展は2015年の春には、レンブラントが生まれたオランダのアムステルダムにある国立美術館に巡回する。

「レンブラント―晩年の作品」展
2015年1月18日までロンドン・ナショナル・ギャラリーにて開催。
2015年2月15日から5月17日まで、アムステルダム国立美術館にて巡回。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー The National Gallery, London
Trafalgar Square,
London WC2N 5DN
The United Kingdom
+44 (0)20 7747 2885
www.nationalgallery.org.uk
開館時間:
月—木、土、日 10:00—18:00
金  10:00—21:00
休館日 1月1日、12月24-26日

2014年11月20日木曜日

マーク・ロスコ

fig.1 Mark Rothko, Untitled (man and two women in 
a pastoral setting), 1940. National Gallery Washington
20世紀のアメリカ人画家マーク・ロスコの展覧会がデン・ハーグ市立美術館で開かれている。1950年代のクラシック・スタイルの作品だけでなく、いままでほとんど展示されていない初期作品にも一室が与えられている。そこには濁った色彩で描かれた肖像、静物画、街の風景などといった、一般的に知られた作品とは全く違うロスコ作品が並んでいる(fig.1)。

彼が抽象絵画を描くようになったのは1940年代のことである。第一次大戦中、ヨーロッパの芸術家たちがアメリカに亡命し、多様なヨーロッパ芸術が同時にアメリカにもたらされた。そのなかでロスコはシュルレアリスムやアヴァンギャルドに興味を寄せ、象徴的なアプローチを試みるようになった。シュルレアリスムへの興味は哲学―とくにニーチェ―への関心も掻き立てた。1940年頃には、絵画よりも言葉で自らの芸術を人々に伝えようと考え、描くことをやめてしまうこともあった。

fig.2 Mark Rothko (1903-1970), Untitled / Zonder titel,
1953, gemengde techniek op doek, 195 x 172,1 cm,
National Gallery of Art, Washington – schenking The
Mark Rothko Foundation, Inc. © 1998 Kate Rothko
Prizel & Christopher Rothko /Artists Rights Society
(ARS), New York c/o Pictoright Amsterdam 2014
しかし数か月後、ロスコは美術の世界に戻ってきた。絵画による自らの芸術表現を再び求めたとき、その作風は一変し、一見しただけでロスコの絵画だと分かる特徴的な画面が現れた(fig.2)。物体は姿を消し、色彩によって幸福や悲哀、恐怖、恍惚といった人間の普遍的な感情を表現することを追求した。

ロスコは色を塗り重ねることで奥行のある色彩を作り出した。黒い絵の具の合間から黄色やオレンジなど別の色彩が透けて見える。複数の色彩が塗り重ねることで互いに影響し合い、はじめは黒一色にみえた色面も次第に下に塗られた色彩の影響を受けてさまざまに色を変えていく。不安定で移ろいやすい色彩は鑑賞者の感情をダイレクトに揺さぶってくる。ロスコの画面を表現するときに使われる茫漠たる光といった言葉は、この不安定な色彩によって生み出されるものをさす。

ロスコは自分が制作しているときに感じているように、鑑賞者が絵画と一体化することを望んだ。彼が描いた巨大なカンヴァスの前に立つ者は、カンヴァスから滲み出した色彩―深みのあるバラ色、暖かい黄色、陰鬱な黒、―によって徐々に身体が染められ、次第に自分が絵画とひとつとなっていく感覚を味わうだろう。


「マーク・ロスコ」展は、2015年3月15日まで開催(月曜日休館)。


デン・ハーグ市立美術館 Gemeentemuseum Den Haag
Stadhouderslaan 41
2517 HV Den Haag
The Netherlands
http://www.gemeentemuseum.nl/en
開館時間:
火曜日-日曜日 11:00-17:00
休館日 毎週月曜日、5月5日、12月25日

2014年10月31日金曜日

《印象、日の出》~クロード・モネの傑作にまつわる真実の物語

Fig.1, Claude Monet, Impression, Soleil Levant, 1872,
oil on canvas, 50 × 65 cm, Paris,
Musée Marmottan Monet, Gift of Victorine
and Eugène Donop de Monchy,
1940 © Christian Baraja
「印象派」の名前が第一回印象派展に出品されたクロード・モネの《印象、日の出》(fig. 1)に由来することはよく知られた話である。この印象派の記念碑的な作品は有名であるがためにこれまで深い研究の対象とならず、いま現在でも多くの謎が残されている。描かれているのは「日の出」か「日没」か。描かれたのはいつなのか。サインには72年とあるが、実際は73年なのではないか等々。制作の過程、1874年の第一回印象派展の様子、また本作品がさまざまなコレクターの手を経て1940年にマルモッタン美術館に収蔵されるに至った経緯など、《印象、日の出》をめぐる多くの謎を解き明かそうとする意欲的な展覧会「《印象、日の出》~クロード・モネにまつわる真実」が、マルモッタン美術館で開催されている。


Fig. 2, Raoul Lefaix, L’Hôtel de l’Amirauté,
1928, Photograph on paper blued in the
album "Le Havre en 1928", 20 x 14.5 cm,
Le Havre, Bibliothèque Municipale
© Bibliothèque municipale du Havre
「ル・アーヴルの窓から描いた作品だった。それは霧の中に太陽があり、その前にはいくつかのマストが立っている。彼らはカタログに載せるために題名を知りたがったが、『ル・アーヴルの眺め』という題をつけることはできなかった。そこで『印象』を使えと言った」

モネが正確に「いつ」「どこで」《印象、日の出》を描いたのかという謎に迫ったのは、テキサス州立大学の天体物理学者ドナルド・オルソン教授である。まず彼はこの作品がフランスの北西部の大西洋に面する港町ル・アーヴルに建つホテルの窓から描かれたとの資料が残っていることから、当時のル・アーヴルの地図と400点以上もの写真とポストカードを参考にしてホテルを特定した。そのホテルとは「グラン・ホテル・ドゥ・ラミラウテ・エ・ドゥ・パリ(Grand Hôtel de l’Amirauté et de Paris)」(fig. 2)である。作品ではクレーンやマストを下に見て描かれていることから、部屋は4階か5階であったと推定した。

部屋の窓から望む方角が東であるので描かれた太陽は日の出だということ、そしてこの位置を太陽が通過するのは11月中旬と1月下旬だということが判明した。そのほか大型船が描かれていることから潮の満ち引きについて調べ、天候や風向きなどから1872年11月13日午前7時35分と1873年1月25日午前8時5分の2日に絞られた。そしてオルソン教授をはじめ本展覧会の学芸員らはモネのサインの横に「72」と書いてあるので、モネが描いたのは1872年11月13日午前7時35分がもっともふさわしいと結論づけている。

会場には《印象、日の出》を含むモネの作品26点とモネに絵画の手ほどきをしたブーダンや、ともに印象派展に出品したルノワールやピサロなどの作品35点、そして歴史的資料61点が展示されている。第一回印象派展から140周年を迎える今年、印象派の歴史に新たな一石を投じる展覧会である。

「《印象、日の出》~クロード・モネにまつわる真実」展は、2015年1月18日まで開催。


マルモッタン美術館 Musée Marmottan Monet
2 rue Louis Boilly
75016 Paris
France
http://www.marmottan.fr/uk/
開館時間:
火曜日-日曜日 10:00-18:00(火曜日は‐21:00)
休館日 月曜日、1月1日, 5月1日、12月25日