2013年7月17日水曜日

仕事をするゴッホ展


図1 Vincent van Gogh Self portrait as a painter
1887-1888, Paris, Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
オランダのアムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館では、開館40周年を記念する展覧会「仕事をするゴッホ」が開催されている。ゴッホが画家として活動した10年間の成長過程を絵画150点をはじめ、素描、スケッチブック、手紙、絵の具やパレット等、総数200点で辿るものである。また、本展覧会はゴッホ美術館が8年間にわたって実施した絵画調査の集大成でもあり、ゴッホの絵画技術と実際の描画方法が詳しく紹介されている。

《画家としての自画像》(図1)は、制作意欲に燃える画家としての姿を描き出したとして、ゴッホの表情に注目されることが多い。しかしながらこの展覧会では、ゴッホが使用する画材に焦点をあてている。ゴッホは屋外用のイーゼルの前に立ち、方手にパレットを持ち、絵筆を握っている。絵筆は合計7本の平筆と丸筆である。平筆は面を塗るのに適しており、丸筆は細部の描き込みに適しているものだ。さらに、パレットに置かれた絵の具を分析した結果、二つの油壺の上にあるオレンジは「カドミウム・オレンジ」、その左に見える濃い青は「コバルト・ブルー」と「鉛白」を混ぜ合わせたものであると判明した。

図2 Vincent van Gogh Sunflowers,1889, Arles
Van Gogh Museum, Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
美術館の2階と3階では、科学調査の結果が写真や映像を使って分かりやすく説明されている。ゴッホは経済的理由から、しばしば一度描いたカンヴァスにまったく新しい別の作品を塗り重ねていた。ゴッホ美術館は塗り重ねられた可能性のある作品を、X線を使って写真撮影することによって、下にどんな絵が隠れているのかを明らかにした。そのほかにも、絵画から採取したサンプルを観察できる顕微鏡が置かれ、絵の具がどのように重ねられているのかを見ることができたり、絵の具の盛り上がりを手で触れて実感できるように作品の一部を立体復元したものが用意されているなど、さまざなま工夫がなされている。
図3 Vincent van Gogh’s Pallete from Auvers Musée d’Orsay, Paris
Photography: Erik and Petra Hesmerg

8月まで、ゴッホ美術館が所蔵する《ひまわり》(図2)に加えて、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《ひまわり》が《ルーラン夫人の肖像》を中心に左右対称に並べて展示されている。これはゴッホがスケッチブックに描いた三連画を再現したものである。また9月以降は、《寝室》の3バージョン(ゴッホ美術館、シカゴ美術館、オルセー美術館所蔵)が一堂に会する。そのほかにも、ゴッホが使用した唯一現存するパレット(図3)や、4点しか残っていないスケッチブックのうち3点が展示される貴重な機会なので、ゴッホファンにはぜひとも訪れていただきたい。


「仕事をするゴッホ」展は2014年1月12日まで。




ゴッホ美術館 Van Gogh Museum
Paulus Potterstraat 7
1071 CX Amsterdam
The Netherlands
+31 20 570 5200
http://www.vangoghmuseum.nl
開館時間:
5月1日-9月1日、2013年12月27日-2014年1月5日9:00-18:00 (金曜日は22:00まで)
2013年9月2日-2013年12月26日、2014年1月6日-1月12日10:00-17:00 (金曜日は22:00まで)

2013年6月18日火曜日

フランス・ハルス美術館、創立100周年記念展


オランダのハールレムにあるフランス・ハルス美術館は、今年100周年を迎えた。それを記念して17世紀オランダ絵画の黄金時代を代表する画家フランス・ハルスと、彼と影響関係にあった巨匠たちの作品を集めた展覧会「フランス・ハルス- レンブラント、ルーベンス、ティッツィアーノとの共通点」が開催されている。大規模なフランス・ハルスの展覧会は25年振りのことである。

ハルスは人物画を得意とし、モデルの自然なポーズや動き、快活な表情など、まさに血の通う人間の姿を描き出した。《笑う少年》(図左)では歯を見せ無邪気な笑顔をみせる少年が描かれている。17世紀の芸術理論では笑っている表情を描くことは大変難しいとされていたが、ハルスは魅力的な笑顔をすばやい筆致で巧みに表現した。

美術館奥の大広間には、ハルスによる自警団の集団肖像画が集められている。17世紀にスペインからの独立を果たしたオランダでは、防衛と治安維持のために市民が自警団を組織していた。彼らはしばしば集団肖像画を画家に注文して描かせた。集団肖像画が描かれだした当初は、全員の顔が整然と並ぶ集合写真のようなものが多かったが、次第に画面に動きが導入されるようになり、団員達の宴会という設定が流行した。ハルスは団員一人ひとりの表情や個性を描き分けながらも、気の置けない仲間同士がにこやかに酒を酌み交わす、賑やかな宴会の様子を描いた。この部屋の中央には宴会の食卓が再現され、あたかも観客が彼らの宴会に紛れ込んだような気にさせられる。

美術館中庭
展示室では、ハルスとそのほかの画家たちが同じ画題で取り組んだ作品が比較できるように並べて展示されている。そのうちの一組が、1622年にファン・バビューレンが描いた《リュート奏者》と、その翌年にハルスが制作した《リュートを持つ道化師》である。ローマで修行を積んだディルク・ファン・バビューレンは、音楽を奏でる人物やカードを遊びをする人物など、カラヴァッジオ派が好んで描いたテーマをオランダにもたらした人物の一人である。ハルスはバビューレンによってもたらされた新しい画題に取り組み、楽器を奏でる人物を複数描いている。《リュート奏者》に描かれた人物は茶目っ気たっぷりに微笑み、音楽を心から楽しんでいるようだ。

ハールレムを活躍の場としていたハルスであったが、近年の研究において同時代の画家たちとの交流が明らかになった。今展覧会はハルスを中心として、レンブラントやルーベンスなど、17世紀のオランダ・フランドル絵画の影響関係をたどるいい機会になるであろう。

展覧会は7月28日まで開催(月曜日休館)。

フランス・ハルス美術館 Frans Hals Museum
Groot Heiligland 62
2011ES Haarlem
The Netherlands
http://www.franshalsmuseum.nl/en/
開館時間:
月曜日休館
火 – 金 10 :00 – 17:00
土、日 11:00 – 18:00

2013年6月1日土曜日

高嶺格がオランダで個展


カスコの外観
2011年3月11日に東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故が発生した。それ以降、私たちの間には、漠然とした放射能に対する不安が広がっていった。その見えざる不安を日本人の現代美術家・演出家である高嶺格(たかみね ただす)が映像作品として可視化させた。これらの映像作品「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」は現在、オランダ、ユトレヒトのカスコにて紹介されている。





高嶺は同時代の問題をインスタレーションやメディアアート、パフォーマンスによって浮かび上がらせ、日本のみならず世界でも高く評価されている。例えば《ゴッド・ブレス・アメリカ》(2002年)は、アメリカが9.11以降イラク戦争に突き進むことに対する批判を出発点としたビデオ作品である。そこでは2トンの油粘土でできた巨像に「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌わせようと格闘する姿がクレイアニメの手法で映し出される。

Tadasu Takamine, Japan Syndrome – Yamaguchi Version, 
video. ca. 30 min, still, 2012. Courtesy of Casco
今回の展覧会は二会場で行われている。第一会場では「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」が展示されている。《ジャパン・シンドローム》とは、公募で集まったパフォーマーが地元のさまざまな商店などに出向き、原発事故による影響や放射能汚染の懸念を投げかけた時のやりとりをもとに、高嶺が台本を作り、再現した会話劇のシリーズである。山口、関西(京都・大阪)、水戸の3バージョンがあり、これら3作品を同時に展示したのがユトレヒト・バージョンである。

オープニングの風景
商品の安全性をたずねた時に、店員は福島から離れた土地の作物や外国産の魚をすすめたり、客に同調して放射能汚染を危惧したりするものもいたが、多くは不安と恐れを垣間見せながら「検査済みだから大丈夫」、「空気中にもある物質だから問題ない」など、国や県の安全声明や学者の主張を繰り返していた。疑問を抱いていても、政府が言うから、みんなが言うから「安全」と言わざるを得ない消極的な賛同、もしくは積極的に「危険」といえない空気が全ビデオを通じて感じられる。福島に近い当事者としての水戸、そこから離れた関西と山口の反応は当然違っていたが、やはりそこには通底するものがある。

第二会場のカスコ・ショップでは《核・家族》(2012年)が見られる。一階から地下一階の展示室の壁一面に高嶺家の平和な家族写真と世界中でなされてきた核実験の歴史を展示されている。平和な生活の裏で核実験が膨大な回数おこなわれ、日本の平和はアメリカの核兵器によって守られきたという事実が示唆されている。折りしも4月9日にはオランダのデン・ハーグにおいて、日本やオーストラリア、オランダなど核兵器を保有していない10ヵ国で構成する軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)の外相会合が開催されたところである。これからの原発を含めた核のあり方を話し合うためには、これまで見えていなかった問題を考察しなければならないだろう。高嶺の作品は、美術の力によってこれらの問題を明らかにしようとしている。

高嶺格<母と姉と松島>1989、
《核・家族》のインスタレーションより
「高嶺格:ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・ヴァージョン」は7月6日まで開催(月曜日休館)

 








カスコ Casco
Nieuwekade 213-215
3511 RW Utrecht
The Netherlands
http://www.cascoprojects.org/
カスコ・ショップ Casco shop
Voorstraat 88
3512AT Utrecht
The Netherlands
開館時間:
火曜日-日曜日12:00 – 18:00
休館日 毎週月曜日

2013年4月17日水曜日

アムステルダム国立美術館、グランドオープン

Rijksmuseum. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum

オランダのアムステルダム国立美術館が10年の改修工事を経て、2013年4月13日にグランド・オープンを迎えた。80からなる展示室では、17世紀の黄金時代を含む800年のオランダの美術と歴史を辿れるように、約95万点の所蔵作品の中から厳選した8000点が展示されている。
改修工事はスペインの建築家ユニット、クルス&オルティスにより行われた。彼らは美術館を設計したカイパルスに敬意を払い、「21世紀のカイパルス」を合言葉に、21世紀にふさわしい美術館へと変化させつつ、1885年に開館した当時の姿をよみがえらせた。

1876年、国立美術館建設のための建築設計コンペで、ピエール・カイパルス(1872-1921)が選出された。カイパルスはアムステルダム中央駅(1889年)など100以上の建築を手がけ、19世紀後半のオランダ建築を牽引した人物である。そのカイパルスが設計した美術館には330の展示室が用意され、室内も外壁も豪華な装飾を施されていた。彼の意を受けて建築装飾を担当したのはオーストリアの画家ゲオルグ・シュトゥルム(1855-1923)である。しかし完成当時から、豪華な装飾が作品鑑賞の妨げになるとして問題視され、1903年にはとうとう、展示作品にそぐわないとの理由で一部の壁が塗り替えられてしまった。さらに1920年代からは少しずつ装飾が取り外されたり隠されるなどして、1950年代に行われた改修工事を経た後には、すっかりオリジナルの姿からは遠いものとなってしまった。


左上: Great Hall. Photo credit: Jannes Linders. Image courtesy of Rijksmuseum
右上: Night Watch Gallery. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum
左下: Gallery of Honour. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum
右下: Great Hall. Photo credit: Jannes Linders. Image courtesy of Rijksmuseum



今回の改修工事の重要な事業のひとつは、この装飾を再びよみがえらせることにあった。もっとも重点が置かれたのは2階にある「大広間」と「栄光の間」である。「大広間」の床はモザイクで彩られ、大きな窓にはステンドグラスが輝き、壁面には芸術家や学者、歴史上の人物とともに、芸術や科学技術を讃える寓意画が描かれている(写真左上)。大広間に隣接する「栄光の間」に続く扉の上には、《希望、信仰、愛の寓意》が描かれている(写真右下)。「栄光の間」には、17世紀のオランダ黄金時代を代表するフェルメールやフランス・ハルス、ライスダールなどの作品が並べられ、一番奥にはレンブラントの最高傑作《夜警》のために「夜警の間」が設けられている(写真右上)。素晴らしい作品群に目を奪われてしまうが、視線を上に向けると意匠を凝らした建築装飾が目に入る(写真左下)。10ヶ所あるルネット(壁面上部の半円形の部分)には、それぞれ芸術分野を象徴した女性とそれに従事する職人、その分野に結びつきの強いオランダの都市の紋章が配置されている。例えば、陶芸のルネットには、デルフト焼を手にする女性、陶器職人、そしてデルフトを有する南ホラント州の紋章が描かれてる。素晴らしい作品を生み出す職人たちと彼らを育んだオランダが讃えられているのだ。

改修工事に伴い、アジアの作品を紹介するためのアジア・パヴィリオンが増設された。また企画展を行う会場としてフェリップス・ウィングも改築中である(2014年完成予定)。アムステルダム国立美術館は歴史を尊重しながらも、時代の変遷にあわせた美術館へと変化し続けている。
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum
Museumstraat 1
1071 CJ Amsterdam
The Netherlands
https://www.rijksmuseum.nl/en
開館時間:
9:00-17:00 年中無休

2013年4月1日月曜日

印象派カイユボットと写真



図1 Gustave Caillebotte, The Floor-Scrapers, 1875, Musée d’Orsay, Paris

オランダのハーグにある市立美術館で、印象派の画家カイユボットの展覧会が開催されている。ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)は、印象派展に5回にわたって参加した、印象派の代表的な画家である。
裕福な家庭に育ったカイユボットは、まだ世間に認められていない印象派の作品を、購入するなどして経済面で支えた人物でもある。カイユボットの死後、遺言によって所有していた作品はフランス国家に寄贈された。現在、パリのオルセー美術館で印象派の作品を一堂に見られるのは、彼の功績によるところが大きい。

1874年、カイユボットは第1回印象派展を訪れた。そこにはモネの《印象-日の出》など光にあふれた新しい絵画が展示され、彼は魅了されてしまう。《床の鉋がけ》(図1)は第一回印象派展を訪れた後に描いた作品である。窓から差し込む光を背に浴びながら床を鉋で削る3人の労働者が描かれている。この絵を賞賛したドガの勧めで第二回印象派展に出品し、高い評判を得た。


図2 Gustave Caillebotte Pont de l’Europe, 1876 – 1877
Kimbell Art Museum, Forth Worth, Texas
 カイユボットはその後、当時暮らしていたパリのアパルトマンからみた風景やその近辺の通りの情景など、都市風景を主題として描くようになった。19世紀半ば以降、セーヌ県知事オスマンによるパリ改造により、今日見るようなパリの大通りや公園、鉄道駅が整備された。《ヨーロッパ橋》(図2)では鉄骨でできた橋の奥に、サン・ラザール駅が見える。カイユボットは新しく変容する近代都市景観を観察し、同時代の変化を捉えようとした。
図3 Gustave Caillebotte, The Pont de l’Europesketch,
c.1876, Private Collection

同じヨーロッパ橋を別の角度から描いた《ヨーロッパ橋、習作》(図3)の構図は大変興味深い。この作品では前景の幅いっぱいの道が、シルクハットをかぶる男の頭の後ろで急角度で収束している。この特徴的な遠近法は、カイユボットが作品制作の際に写真を利用していたことによる。

カーク・ヴァネドーとピーター・ガラシによる研究で、カイユボットは構図を決める段階で、しばしば広角レンズをつけたカメラで撮影した写真を用いていたことが明らかにされている。広角レンズは広い範囲を撮影することができる反面、広い範囲を圧縮してしまうために遠近感が強調される。この効果をカイユボットは絵画に取り入れたのだ。


この展覧会では、当時のパリの都市風景を撮影したステレオ写真のための一室も用意されている。ステレオ写真とは同じ写真を専用の眼鏡でのぞくと画面が立体に見える仕組みの写真である。のぞくとあたかも自分が19世紀のパリへタイムスリップしたかのような錯覚におちいる。これらの写真とカイユボットの作品を見比べることで、写真が絵画にもたらした革命の一端を知ることもできるだろう。

ギュスターヴ・カイユボット展は5月20日まで開催(月曜日休館)
デン・ハーグ市立美術館 Gemeentemuseum Den Haag
Stadhouderslaan 41
2517 HV The Hague
The Netherlands
http://www.gemeentemuseum.nl/en
開館時間:
火曜日-日曜日 11:00-17:00
休館日 毎週月曜日

2013年2月28日木曜日

リヒテンスタイン回顧展

Roy Lichtenstein, Whaam!,1963, Tate. © Estate of Roy Lichtenstein/DACS 2012

アメリカのポップ・アートの中心人物、ロイ・リキテンスタインの回顧展が、ロンドンのテート・モダンで2月21日から開催されている。1997年に73歳で亡くなって以降、初めての大規模な回顧展となる。初期から晩年までの作品125点を集め、美術と大衆文化の境界を揺るがしたリキテンスタインの画業を振り返ることができる。

リキテンスタインは漫画の一コマを拡大したような表現スタイルで知られている。彼が活躍した1960年代は、アンディ・ウォーホルらが大衆文化や身の回りの都会風景、あるいはマスメディアや広告の世界に取材して作品を制作しはじめた時代である。



Roy Lichtenstein, Oh, Jeff…I Love You, Too…But…, 1964, 
Collection Simonyi © Estate of Roy Lichtenstein/DACS 2012
1962年、リキテンスタインはニューヨークのレオ・キャステリ画廊で、人々の芸術に対する高尚なイメージを覆す衝撃的な作品を発表した。それは、《見て、ミッキー》という作品である。ディズニーの有名なキャラクター、ミッキー・マウスとドナルド・ダックが絵画作品として描かれている。強調された線、単純な色彩など漫画が持つ特徴をそのままに、このアニメキャラクターたちを巨大なカンバスに油彩で描き出した。ここで彼は、世の中に大量に出回る大衆的な印刷物である絵本の挿絵を、芸術作品へと変換してみせたのである。

彼の作品は、モティーフと描き方のせいで、しばしば単に印刷物を拡大しただけのものだと誤解される。だが、本当にそうだろうか。

たとえば、彼の最も重要な作品のひとつである《ワーム!》を見てみよう。この作品は1962年に出版されたコミック『戦争の全てのアメリカ人』収録の「スター・ジョッキー」という戦闘機パイロットが主役の作品の1コマである。

モティーフとなったコミックのシーンと比べると、背景を排除され、線描と色彩も整理されて、よりインパクトのある構図に変えられている。細部を見ると、印刷物特有の小さな点(ドット)が見えるが、さらに注意深く観察すると、これら正確に配置されたドットは機械印刷ではなく、すべて手作業で描かれている。リヒテンスタインはモティーフを大衆的な印刷物から借用しながらも、変更を加え、手作業で描くことによって、ただ一つしかない絵画作品に仕上げている。

回顧展ではそのほかにも、女性のヌードを描いたものや中国風の風景画など、あまり知られていない作品も展示されている。美術作品を独自の作風で描き変える「美術史上からの引用」シリーズでは、オリジナリティを絶対視する近代芸術に疑問を投げかける挑戦的な姿もうかがえる。この回顧展はリキテンスタインのさまざまな側面を知るよい機会を与えてくれるだろう。

リヒテンスタイン回顧展は2月21日から5月27日まで開催(休館日なし)。
テート・モダン Tate Modern
Bankside
London SE1 9TG
United Kingdom
http://www.tate.org.uk/visit/tate-modern
開館時間:
日曜日-木曜日 10:00-18:00、金曜日、土曜日 10:00-22:00
休館日なし

2013年2月4日月曜日

「天才」ダリ – ポンピドゥー・センター



特異な世界観を表現し、長い口ひげに代表される奇抜な外見と数々のスキャンダルで語られる20世紀の芸術家サルバドール・ダリ。現在、ダリの大規模な回顧展がパリのポンピドゥー・センターで開催されている。絵画、素描、立体作品だけでなく、写真や映画、ダリが出演したテレビ番組など200点もの点数が出品されている。


数ある傑作のひとつに「柔らかい時計」としても呼ばれる≪記憶の固執≫があげられる。この作品は現実と夢が奇妙に混ざり合う世界を卓越したテクニックで描いている。ダリの作品の中で最も知られたものであるが、実際に目の前にするとあまりの小ささに驚かされる。画面の大きさはたった24x33cmしかない。その小さな画面には、ダリのアトリエがあったポルト・リガトの海辺を背景に、現実世界には存在しえないだらりと柔らかい時計と肉塊のようなダリの顔が配されている。長いまつげは、今にも動き出しそうな昆虫を連想させる。絵画は「一般的には具体的な非合理性と想像される世界を色彩を使って手書きした写真」であると言ったダリの絵画観が端的に表われている作品である。


展覧会の後半では、ダリの世界にさらに入り込める仕掛けがなされている。それはアメリカの映画女優メイ・ウエストからインスピレーションを受けて制作されたインスタレーションである。この作品は彼女の肖像画を、唇をかたどった椅子や鼻の形をした家具、髪をカーテンで表現するなどして立体的な部屋に再構築したものである。ここで観客は文字通り作品の中に足を踏み入れ、自分の姿が作品の中に入り込んだ写真を収めることができる。

ダリの独創的な作品は一度見ると強く記憶に残るが、彼の奇抜な外見もまた人々に強烈な印象を与える。ぴんと跳ね上がった口ひげが特徴的な彼の顔は、もしかしたら彼の作品よりも有名かもしれない。自己演出に長けたダリは、自らを「天才」と称して常識から逸脱した行動をとり、新聞やテレビなどのメディアに次々と話題を提供した。商業的なものやショウビジネスを嫌う芸術家たちのなかで、ダリの積極的なメディアへの露出は注目を浴び、彼の名声の確立に重要な役割を果たした。しかしながら、我々は彼が作り上げた「天才」ダリの姿を信じ込まされてはいないだろうか。

本展覧会では、作り上げられた「天才」ダリのイメージに疑問を投げかけ、丁寧に作品を辿ることで本来のダリの姿を浮き彫りにしようとしている。

ダリ展は3月25日まで開催。(火曜日休館)
ポンピドゥー・センター  Centre Pompidou
19 Rue Beaubourg
75004 Paris
France
http://www.centrepompidou.fr/en
開館時間:
11:00-23:00  休館日 火曜