2014年2月21日金曜日

没後70年 ピート・モンドリアン

現代抽象絵画への道を切り開いたオランダの画家ピート・モンドリアンは、今年、没後70年を迎える。それを記念して、世界最大のモンドリアン・コレクションを誇るオランダのデン・ハーグ市立美術館では、企画展「モンドリアンとキュビスム―パリ1912-1914年」と所蔵作品でモンドリアンの生涯を辿る常設展「モンドリアンとデ・ステイル」を同時開催している。

1911年、フランスの新しい美術運動キュビスムを紹介する展覧会がアムステルダム市立美術館で開かれたが、これがモンドリアンに大きな衝撃を与えた。40歳を間近に控えて新しい芸術を模索していたモンドリアンは、この展覧会で見たピカソなどのキュビスムに影響を受けるとともに、芸術的躍進を図るためにはパリへ行くべきだと確信し、すぐさま1912年1月にパリに移り住んだ。
図1 Piet Mondriaan, Evening; The red Tree,1908-1910, oil on canvas, 70 x 99 cm.
Collection Gemeentemuseum Den Haag
© 2007 Mondrian/Holtzman Trust c/o HCR International, Warrenton (VA, USA)
パリでの滞在は2年間という短い期間であったが、彼の作品はキュビスムの洗礼を受け、平面的・幾何学的な形体へと変化していった。その過程が常設展に展示されている《夜、赤い木》(1908-1910、図1)、《灰色の木》(1912年)、《花咲く林檎の木》(1913年)などの木を描いた作品である。ゴッホを思わせる生命力にあふれた力強い赤色は灰色を基調とした色彩に代わり、具象的に描かれた見事な枝ぶりは細かな枝を省略され次第にその姿が水平線と垂直線へと抽象化されていった。

企画展示室には、モンドリアンが1914年にデン・ハーグで開催した展覧会に出品したコンポジションⅠからⅩⅥと題された16枚の作品を集めた一室がある(図2)。コンポジションとは、フランスで直線と色彩からなる彼の作品を呼称するのに使用していた言葉である。ⅠからⅩⅥの番号は制作順ではなく、モンドリアンが恣意的につけたものである。完全な抽象絵画にⅠからⅥの番号が付し、そのあと抽象化される前の木や建物の形態が残されている作品などが続いている。ただ、形態が残されているといっても、油彩画の横に小さく掲示されたもととなった木や建物のデッサンと見比べなければ、なにを抽象化したものかはわからないほどである。

図2 Piet Mondriaan, Composition no. IV,
1914. Gemeentemuseum Den Haag
1917年、父の病気の知らせによりオランダに戻ったモンドリアンは、第一次大戦が始まったためにオランダに留まることになった。中立国であったオランダは戦禍を免れ、この間、オランダ美術界はフランス美術の影響から脱して独自の芸術を花開かせた。モンドリアンはドゥースブルフとともに雑誌『デ・ステイル』を創刊し、水平線と垂直線、赤・黄・青の三原色に白と黒を加えた色彩によって、普遍的・本質的な芸術を目指した。この芸術運動には画家・彫刻家・建築家・デザイナーらが参加し、絵画だけでなく家具や建築まで制作され、モンドリアンの理念は都市景観まで広く影響を及ぼした。

第二次大戦時にニューヨークに亡命し、72歳で亡くなる直前まで制作されていた《ヴィクトリー・ブギウギ(未完)》が常設展示室に飾られている。近寄ってみると、油彩の上に何枚もの小さな四角いテープが張られていて、モンドリアンが最後まで試行錯誤をしていた様子が伝わってくる。

デン・ハーグ市立美術館でモンドリアンに興味を持った方は、オランダに残るモンドリアン縁の地を訪ねてみるとよいだろう。アメルスフォールトにある生家、モンドリアンハウス(Mondriaanhuis)や、ドイツ国境近くのヴィンタースヴァイクにある少年時代を過ごしたヴィラ・モンドリアン(Villa Mondriaan)などは、建物内部を見学することができる。

「モンドリアンとキュビスム」展は、5月11日まで開催(月曜日休館)。

デン・ハーグ市立美術館 Gemeentemuseum Den Haag
Stadhouderslaan 41
2517 HV Den Haag
The Netherlands
http://www.gemeentemuseum.nl/en
開館時間:
火曜日-日曜日: 11:00-17:00
休館日:毎週月曜日

2014年1月19日日曜日

「パウル・クレー メイキング・ヴィジブル」展


芸術は目に見えるものを再現するのではなく、見えるようにするものである。
——— パウル・クレー


ドイツ人画家パウル・クレーの大規模な展覧会が、ロンドンのテート・モダンで開催されている。世界中から集められた素描、水彩、油彩画あわせて約130点が年代順に展示されている。

図1 Paul Klee (1879–1940), Comedy, 1921,
watercolour and oil on paper,
support: 305 x 454 mm on paper, unique, Tate. Purchased 1946
展覧会は、技術的発展を遂げた1920年代から始まる。《コメディ》(1921 図1)では、クレーが生み出した油彩転写の技法が使われている。まず鉛筆やペンなどで素描を描き、それを黒い油絵の具を塗った紙の上に置き、その線描を針でなぞって転写する。この方法で描かれた線は、にじみやかすれがともなう味わい深い線となる。また転写の際に手が紙に触れてしまったところは、淡い汚れとして写しとられている。油彩転写を始めた当初の作品には色彩を施されていなかったが、のちに水彩で薄く色を重ねて着彩するようになり、自らを「色彩の画家」とするクレーの表現と融合していった。《満月の下の火》(1933 図2)は、夕闇のなかで輝く満月の黄色と地上で燃え上がる炎の赤が印象的である。シンプルな構成で色の力が発揮されている。これらのほかにも大胆な色彩のグラデーションを使用したり、点描を用いたりとさまざまな技法で作品が制作された。

図2 Paul Klee (1879–1940), Fire at Full Moon, 1933,
Museum Folkwang, Essen, Germany
クレーは詩情豊かな作品から「孤独な夢想家」とも評されるが、一方で優れた理論家でもあった。たとえば、色彩理論の著作をあらわし、バウハウスで造形と色彩について教鞭をとっていた際には、講義のための綿密なノートを作成している。1921年からは作品約9600点を掲載した膨大な作品リストも編纂した。このリストは作品テーマによって分類され、作品番号とともに作品タイトルおよび詳細な制作方法が克明に記録されている。クレーは生涯のうちに、ミュンヘン、ワイマール、デッサウ、デュッセルドルフ、ベルンでアトリエを構えた。どのアトリエでも自身の作品を壁に隙間なく並べ、その様子を写真に残している。今回の展覧会では、クレーが編纂した作品リストとアトリエの写真を参考に、画家の意図に沿った展示を行い、制作の過程および思考の過程を明らかにしようとしている。

「パウル・クレー メイキング・ヴィジブル」展は、2014年3月9日まで開催(無休)。

テート・モダン Tate Modern
Bankside
London SE1 9TG
United Kingdom
http://www.tate.org.uk
開館時間:
日曜日-木曜日: 10:00-18:00、金曜日、土曜日: 10:00-22:00
休館日なし

2013年12月6日金曜日

号外・「こども展~名画に見るこどもと画家の絆」いよいよ来年4月から!


来年4月から「こども展~名画に見るこどもと画家の絆」が東京六本木の森アーツセンターギャラリーで開催される運びとなった。

この展覧会は、2009年にパリ・オランジュリー美術館で開催されたLes Enfants modèles(「モデルとなったこどもたち」と「模範的なこどもたち」のダブルミーニング)を、日本向けに構成しなおしたもので、元オランジュリー美術館長であり、かつフランス展の立案者であるエマニュエル・ブレオン氏と、成城大学名誉教授、千足伸行氏が監修にあたっている。

モデルをつとめたこどもたちの体験と、その子たちの親であったり、親しい関係にあった画家たちの思いをテーマとし、絵画に込められたメッセージや、まつわるエピソードを読み解いていこうというもの。ルノワールやモネ、ルソー、マチス、ピカソなどを始めとした、およそ90点の作品を展示する。

本展の会期・会場は次の通り。

東京展:2014年4月19日(土)~6月29日(日)
森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)

大阪展:2014年7月19日(土)~10月13日(月・祝)
大阪市立美術館(天王寺公園内)


* 展覧会の詳しい内容や、チケット販売の情報は、こども展オフィシャルサイトへ。
http://www.ntv.co.jp/kodomo/



「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展

Kazimir Malevich,The Woodcutter (recto)/ Peasant Women
in Church (verso),

1912. Collection Stedelijk Museum Amsterdam.
ロシア人画家カジミール・マレーヴィチは、新しい美術様式であるシュプレマティスムを1915年に創始した。シュプレマティスムとは目に見える世界の再現を避け、作品が純粋な美術作品として存在する抽象をめざしたものである。ロシア国外で最大のマレーヴィチ・コレクションを誇るアムステルダム市立美術館では、同時代の芸術家との関わり合いを示しながら、美術に革新をもたらしたマレーヴィチの画業を、作品総数約350点で振り返る「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展を開催している。

マレーヴィチは当時のロシアの画家たちと同様に、印象派やキュビスムなどのフランス美術に多大な影響を受けていた。しかし次第に彼を含めたロシアの革新的な画家たちは、西ヨーロッパの絵画は終わったと考えるようになった。そして新しい絵画は東から、つまりロシア美術から現れると考え、ロシアの昔話や宗教的な物語など土着的主題を扱った民衆版画やロシア・イコンを参考にし始めた。彼らの作品は深い赤や緑、黄色といった力強い色で彩られ、マレーヴィチも大胆な色彩の対比を用いて農作業に携わる労働者を描いた。


Kazimir Malevich, Suprematism: Self-Portrait in
Two Dimensions
, 1915.
Collection Stedelijk Museum Amsterdam.
1915年、マレーヴィチは個展「0.10」で、突如として全く新しい作品を発表した。それらは白地に基本色である黒・赤・青・黄色で、円形・四角形・十字形といった単純な幾何学的形状が描いた抽象画である。マレーヴィチは奥行などを含めて現実世界の再現を否定し、リアリズムに対する色と形の勝利としてシュプレマティスムを主張した。今回の「マレーヴィチ」展の展示室では、1915年の「0.10」展の様子が再現されており、そこにはロシアの家庭でイコンが置かれるべき天井の隅に、新しい芸術のイコンとして《黒の正方形》が配置されている。

この純粋な抽象絵画への急激な転換の背景は現在でも謎とされているが、「0.10」展が開かれる2年前にマレーヴィチが関わった前衛オペラ「太陽への勝利」がきっかけとなったのではないかと考えられている。オペラの台本は未来派の詩人アレクセイ・クルチョーヌィフ、音楽はミハイル・マチューシン、舞台美術と衣装デザインをマレーヴィチが担当した。マレーヴィチがデザインした衣装は彼の絵画作品と類似し、基本色と立方体や円錐といった単純な形体が用いられている。昼と夜を象徴する舞台背景は、後のシュプレマティスムを予感させる白と黒の単純な形体で構成されている。このオペラ公演のビデオとマレーヴィチの衣装デザインおよび舞台デザインのスケッチは、本展覧会の目玉として一室に展示されている。


「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展は、2014年2月2日まで開催。

アムステルダム市立美術館 Stedelijkmuseum Amsterdam
Museumplein 10
1071 DJ Amsterdam
The Netherlands
www.stedelijk.nl/en
開館時間:
月曜日~日曜日 10:00-18:00(木曜日は22時まで開館)

2013年11月12日火曜日

トゥデイズ・アート2013

図2 会場の一つである元内務省

オランダのハーグ市で、秋恒例のメディア・アートのフェスティバル、「TodaysArt」(トゥデイズ・アート)が今年も9月27、28日の週末に開催された。

会場の一つ、ハーグ市役所内アトリウムでは、開会式に続き、電子音楽界の先駆者、モートン・サボトニックが、代表作「シルヴァー・アップルス・オブ・ザ・ムーン」を、デジタル/アナログ機材を駆使したアナログシンセサイザーを用いて、メディア・アーティストLillevan と共に披露した。

図1 Ryoji Ikeda – test pattern
日本人アーティストの参加も特筆される。

初日には、蛍光灯を楽器として扱うことで知られる伊東篤宏とダイアモンド・バージョンのコラボレーションが披露された。二日目は、コンピューター情報(データ)を音源と映像に転換することで有名な池田亮司がトゥディズ・アートに初登場し、作品「テストパターン」を披露。淡々と繰り返されるノイズ音源と、それに連動して高速で点滅する白黒の縞の映像が「氷の宮殿」とも呼ばれる市役所(リチャード・マイヤー設計)の建物に映えた(図1)。

市役所に隣接する元内務省の19階建のビルがもうひとつのメイン会場である(図2)。低層階には特設ステージとバーが設けられ、 内務省時代には出入りが厳しく制限されていた場所で、一般客が音楽にあわせて踊るめずらしい光景が朝まで続いた。高層階は、そのままアートの展示スペースとなり、観客は広大なビルの中を探検するように巡回した。

二つの会場をつなぐように配置されたのはコッキー・エイクの作品であり三つ目の会場でもある「Sphæræ」。プラネタリウムのような球状の天井が特徴で、中では音楽と光を組み合わせた作品が繰り返し上演された(図3)。

図3 会場'Sphæræ' by Cocky Eek
作品: Yamila Ríos + Joris Strijbos – COVEX


二日間の間に行われた様々なパフォーマンスを通して、日常にありふれた物、音や光がアーティスト達の手によって分解、拡張、増幅され、次々に芸術作品に昇華されていった。

2005年に初めて開催されて以来、経済環境に左右されながら独自のスタイルを保とうと模索し続けてきたトゥデイズ・アート。今回が9回目だが、文化予算の削減が続く中での開催は、今後容易ではないだろう。しかし市役所、元内務省という公的な施設にバーやダンスフロアという本来の目的とは間逆の異空間を作り出す発想は注目に値する。主催者側は今後日本を含む海外への進出も視野にいれているという。

日本テレビヨーロッパもトゥデイズ・アートを支援している。
* トゥデイズ・アートの写真はNTVヨーロッパFacebookページでご覧頂けます。




トゥデイズ・アート TodaysArt

2013年10月15日火曜日

オスカー・ココシュカ展

Museum Boijmans Van Beuningen, photo Hans Wilschut

オランダのロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館で「オスカー・ココシュカ―人々と動物の肖像」展が開催されている。この展覧会は絵画や素描など148点が展示されている。クリムト、シーレと並び、近代オーストリアを代表する画家の一人であり、表現主義に分類されることが多いココシュカであるが、彼自身はウィーン分離派、「青騎士」、「ブリュッケ」などの当時の芸術運動やグループには参加せず、独自の道を歩んだ。

ココシュカは生涯に素描、リトグラフを含む多数の肖像画を数多く制作し、代表作の多くも肖像画である。彼はモデルのかしこまった姿よりも、普段の姿を描くことを好んだ。たとえば、友人と会話を交わしたり、食事をしていたり、子どもなら遊びに夢中になっている様子である。そして、観察によって得た特徴的な身振りや個性的な表情をカンバスに描きとめた。また、ココシュカは1966年にあるテレビ番組のインタビューにおいて、「空間における人のオーラ」に興味があると語っている。彼の作品中の人物はまるで身体から光を発しているように見え、人物の内面が彼を取り囲む周辺空間に放射しているようだ。



1926年から翌年にかけて、動物がココシュカの強い興味の対象となった。彼は当時滞在していたロンドンのリージェント・パークにある動物園で、許可を得て営業時間外に制作を行った。ティゴン(ライオンとトラを掛け合わせた雑種)やワニ、シカなどが描かれた。そのうちの一点に《マンドリル》がある。ココシュカは動物園を訪れた際に毎回バナナを与えているにもかかわらず、マンドリルは彼に馴つくことはなく、むしろ歯をむき出しにして威嚇し続けた。ココシュカはマンドリルのなかに決して飼いならされることのない真の獣の姿を感じとり、彼を現実の小さな檻の中ではなく、本来の居場所である自然豊かなジャングルのなかに描いた。

ココシュカの芸術は、常に対象物の精神の探求が表現されている。激しい色彩によって描かれた対象の内面が立ち顕れる作品群は、多くの鑑賞者に深い感銘をもたらすだろう。




「オスカー・ココシュカ―人々と動物の肖像」展は、2014年1月19日まで開催。(月曜、12月25日、1月1日休館)
ボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館 Museum Boijmans Van Beuningen
Museumpark 18-20
3015 CX Rotterdam
the Netherlands
www.boijmans.nl/en/
開館時間:
火曜日~日曜日 11:00-17:00
休館日:
毎週月曜日及び1月1日、4月27日、12月25日

2013年9月24日火曜日

レイノルド・レイノルズ「ロスト」 ハーグ「民衆宮殿」展

Stills: Reynold Reynolds, The Lost, 2013, 7-channel film installation. Courtesy Reynold Reynolds/West
Foto locatie: Jhoeko

1930年代にベルリンで制作されていたある娯楽映画。他の多くの作品と同様、 ナチスの検閲により撮影は禁止され、映画はついぞ日の目を見る事がなかった。近年、この映画の存在を偶然知ったアーティスト、レイノルド・レイノルズ (1966年アラスカ生まれ)は、3年を費やして映画の修復プロジェクトに取り組んできた。この作品「ロスト」が、関連の品々とともに、現在オランダ・ハーグの発電所を会場とした「民衆宮殿(volkspaleis)」展で展示されている。

オリジナルの映画についての調査は20人の専門家とともに行われた。映像の他にスケッチ、絵コンテ、当時の制作者のノート、撮影に使われた衣装や小道具も含まれる。映像のほぼ全てがモノクロの16ミリフィルムを使い世界各地で撮影され、撮影の一部は一般公開される中でも行われた。二時間半の映像が2500㎡の会場に設置された7つの巨大なスクリーンに分割されて上映されている。

物語は、ベルリンのとあるキャバレーで暮らすライター、写真家などの芸術家、キャバレーのダンサーらを巡るドラマである。音楽、酒、同性愛などの「享楽的な生活」と、それを忌み嫌うナチス政権下の警察当局とのせめぎあいの様子が、フィルム映像独特の撮影手法を駆使しながら断続的に映し出される。映像には、当時タブー視されていた要素や奇抜な演出が詰め込まれている。そして、検閲など重苦しい空気の中で暮らしていた芸術家らの心の葛藤が生々しく描き出され、現実離れした妄想にすすんでいく・・・。

発電所という雑然とした会場 、複数のスクリーンが同時に目に入る展示構成、映像の展開が時系列でなく場面が交錯していたり、出演者がすりかわったり・・・見るものにとって「軸」を見失いやすいので、時間をかけて、じっくりと作品の世界を味わう必要がある。それでも、映し出される映像や小道具等の展示物が、30年代のオリジナルなのか、アーティスト レイノルド・レイノルズによって再現されたものなのかという謎は、解けないまま残る。まるで7つの映像や展示されている小道具全体が一つの大きな渦となって鑑賞者を巻き込みながら、 戦前のベルリンと現代の間をゆっくり回転し続けているかのようだ。

「この作品に終わりはない」と展覧会を企画した画廊ウェストのマリ・ジョゼ・ソンデアイカーは語る。彼女の画廊は、この作品には白過ぎ、小さすぎると判断し、発電所の建物にたどり着いたという。 画廊など従来の枠組みから飛び出した 「民衆宮殿」展は昨年に続き二度目の開催。閉鎖的な美術界から踏み出して、一般の人々に歩み寄ろうという画期的な試みだ。

「民衆宮殿」は10月6日まで。 開館日は毎晩イベントが開催されている。



「民衆宮殿」 Volkspaleis
E.On Elektriciteitsfabriek
Constant Rebecquepln 20
2518 RA Den Haag
www.volkspaleis.org/2013/
ウェスト West
Groenewegje 136
2515 LR, Den Haag
The Netherlands
+31 (0)70 392 53 59
www.west-denhaag.nl
「民衆宮殿」 開催期間:
2013年9月13日 — 10月6日
水 — 日曜日 14:00 — 20:00