2013年12月6日金曜日

号外・「こども展~名画に見るこどもと画家の絆」いよいよ来年4月から!


来年4月から「こども展~名画に見るこどもと画家の絆」が東京六本木の森アーツセンターギャラリーで開催される運びとなった。

この展覧会は、2009年にパリ・オランジュリー美術館で開催されたLes Enfants modèles(「モデルとなったこどもたち」と「模範的なこどもたち」のダブルミーニング)を、日本向けに構成しなおしたもので、元オランジュリー美術館長であり、かつフランス展の立案者であるエマニュエル・ブレオン氏と、成城大学名誉教授、千足伸行氏が監修にあたっている。

モデルをつとめたこどもたちの体験と、その子たちの親であったり、親しい関係にあった画家たちの思いをテーマとし、絵画に込められたメッセージや、まつわるエピソードを読み解いていこうというもの。ルノワールやモネ、ルソー、マチス、ピカソなどを始めとした、およそ90点の作品を展示する。

本展の会期・会場は次の通り。

東京展:2014年4月19日(土)~6月29日(日)
森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)

大阪展:2014年7月19日(土)~10月13日(月・祝)
大阪市立美術館(天王寺公園内)


* 展覧会の詳しい内容や、チケット販売の情報は、こども展オフィシャルサイトへ。
http://www.ntv.co.jp/kodomo/



「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展

Kazimir Malevich,The Woodcutter (recto)/ Peasant Women
in Church (verso),

1912. Collection Stedelijk Museum Amsterdam.
ロシア人画家カジミール・マレーヴィチは、新しい美術様式であるシュプレマティスムを1915年に創始した。シュプレマティスムとは目に見える世界の再現を避け、作品が純粋な美術作品として存在する抽象をめざしたものである。ロシア国外で最大のマレーヴィチ・コレクションを誇るアムステルダム市立美術館では、同時代の芸術家との関わり合いを示しながら、美術に革新をもたらしたマレーヴィチの画業を、作品総数約350点で振り返る「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展を開催している。

マレーヴィチは当時のロシアの画家たちと同様に、印象派やキュビスムなどのフランス美術に多大な影響を受けていた。しかし次第に彼を含めたロシアの革新的な画家たちは、西ヨーロッパの絵画は終わったと考えるようになった。そして新しい絵画は東から、つまりロシア美術から現れると考え、ロシアの昔話や宗教的な物語など土着的主題を扱った民衆版画やロシア・イコンを参考にし始めた。彼らの作品は深い赤や緑、黄色といった力強い色で彩られ、マレーヴィチも大胆な色彩の対比を用いて農作業に携わる労働者を描いた。


Kazimir Malevich, Suprematism: Self-Portrait in
Two Dimensions
, 1915.
Collection Stedelijk Museum Amsterdam.
1915年、マレーヴィチは個展「0.10」で、突如として全く新しい作品を発表した。それらは白地に基本色である黒・赤・青・黄色で、円形・四角形・十字形といった単純な幾何学的形状が描いた抽象画である。マレーヴィチは奥行などを含めて現実世界の再現を否定し、リアリズムに対する色と形の勝利としてシュプレマティスムを主張した。今回の「マレーヴィチ」展の展示室では、1915年の「0.10」展の様子が再現されており、そこにはロシアの家庭でイコンが置かれるべき天井の隅に、新しい芸術のイコンとして《黒の正方形》が配置されている。

この純粋な抽象絵画への急激な転換の背景は現在でも謎とされているが、「0.10」展が開かれる2年前にマレーヴィチが関わった前衛オペラ「太陽への勝利」がきっかけとなったのではないかと考えられている。オペラの台本は未来派の詩人アレクセイ・クルチョーヌィフ、音楽はミハイル・マチューシン、舞台美術と衣装デザインをマレーヴィチが担当した。マレーヴィチがデザインした衣装は彼の絵画作品と類似し、基本色と立方体や円錐といった単純な形体が用いられている。昼と夜を象徴する舞台背景は、後のシュプレマティスムを予感させる白と黒の単純な形体で構成されている。このオペラ公演のビデオとマレーヴィチの衣装デザインおよび舞台デザインのスケッチは、本展覧会の目玉として一室に展示されている。


「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展は、2014年2月2日まで開催。

アムステルダム市立美術館 Stedelijkmuseum Amsterdam
Museumplein 10
1071 DJ Amsterdam
The Netherlands
www.stedelijk.nl/en
開館時間:
月曜日~日曜日 10:00-18:00(木曜日は22時まで開館)

2013年11月12日火曜日

トゥデイズ・アート2013

図2 会場の一つである元内務省

オランダのハーグ市で、秋恒例のメディア・アートのフェスティバル、「TodaysArt」(トゥデイズ・アート)が今年も9月27、28日の週末に開催された。

会場の一つ、ハーグ市役所内アトリウムでは、開会式に続き、電子音楽界の先駆者、モートン・サボトニックが、代表作「シルヴァー・アップルス・オブ・ザ・ムーン」を、デジタル/アナログ機材を駆使したアナログシンセサイザーを用いて、メディア・アーティストLillevan と共に披露した。

図1 Ryoji Ikeda – test pattern
日本人アーティストの参加も特筆される。

初日には、蛍光灯を楽器として扱うことで知られる伊東篤宏とダイアモンド・バージョンのコラボレーションが披露された。二日目は、コンピューター情報(データ)を音源と映像に転換することで有名な池田亮司がトゥディズ・アートに初登場し、作品「テストパターン」を披露。淡々と繰り返されるノイズ音源と、それに連動して高速で点滅する白黒の縞の映像が「氷の宮殿」とも呼ばれる市役所(リチャード・マイヤー設計)の建物に映えた(図1)。

市役所に隣接する元内務省の19階建のビルがもうひとつのメイン会場である(図2)。低層階には特設ステージとバーが設けられ、 内務省時代には出入りが厳しく制限されていた場所で、一般客が音楽にあわせて踊るめずらしい光景が朝まで続いた。高層階は、そのままアートの展示スペースとなり、観客は広大なビルの中を探検するように巡回した。

二つの会場をつなぐように配置されたのはコッキー・エイクの作品であり三つ目の会場でもある「Sphæræ」。プラネタリウムのような球状の天井が特徴で、中では音楽と光を組み合わせた作品が繰り返し上演された(図3)。

図3 会場'Sphæræ' by Cocky Eek
作品: Yamila Ríos + Joris Strijbos – COVEX


二日間の間に行われた様々なパフォーマンスを通して、日常にありふれた物、音や光がアーティスト達の手によって分解、拡張、増幅され、次々に芸術作品に昇華されていった。

2005年に初めて開催されて以来、経済環境に左右されながら独自のスタイルを保とうと模索し続けてきたトゥデイズ・アート。今回が9回目だが、文化予算の削減が続く中での開催は、今後容易ではないだろう。しかし市役所、元内務省という公的な施設にバーやダンスフロアという本来の目的とは間逆の異空間を作り出す発想は注目に値する。主催者側は今後日本を含む海外への進出も視野にいれているという。

日本テレビヨーロッパもトゥデイズ・アートを支援している。
* トゥデイズ・アートの写真はNTVヨーロッパFacebookページでご覧頂けます。




トゥデイズ・アート TodaysArt

2013年10月15日火曜日

オスカー・ココシュカ展

Museum Boijmans Van Beuningen, photo Hans Wilschut

オランダのロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館で「オスカー・ココシュカ―人々と動物の肖像」展が開催されている。この展覧会は絵画や素描など148点が展示されている。クリムト、シーレと並び、近代オーストリアを代表する画家の一人であり、表現主義に分類されることが多いココシュカであるが、彼自身はウィーン分離派、「青騎士」、「ブリュッケ」などの当時の芸術運動やグループには参加せず、独自の道を歩んだ。

ココシュカは生涯に素描、リトグラフを含む多数の肖像画を数多く制作し、代表作の多くも肖像画である。彼はモデルのかしこまった姿よりも、普段の姿を描くことを好んだ。たとえば、友人と会話を交わしたり、食事をしていたり、子どもなら遊びに夢中になっている様子である。そして、観察によって得た特徴的な身振りや個性的な表情をカンバスに描きとめた。また、ココシュカは1966年にあるテレビ番組のインタビューにおいて、「空間における人のオーラ」に興味があると語っている。彼の作品中の人物はまるで身体から光を発しているように見え、人物の内面が彼を取り囲む周辺空間に放射しているようだ。



1926年から翌年にかけて、動物がココシュカの強い興味の対象となった。彼は当時滞在していたロンドンのリージェント・パークにある動物園で、許可を得て営業時間外に制作を行った。ティゴン(ライオンとトラを掛け合わせた雑種)やワニ、シカなどが描かれた。そのうちの一点に《マンドリル》がある。ココシュカは動物園を訪れた際に毎回バナナを与えているにもかかわらず、マンドリルは彼に馴つくことはなく、むしろ歯をむき出しにして威嚇し続けた。ココシュカはマンドリルのなかに決して飼いならされることのない真の獣の姿を感じとり、彼を現実の小さな檻の中ではなく、本来の居場所である自然豊かなジャングルのなかに描いた。

ココシュカの芸術は、常に対象物の精神の探求が表現されている。激しい色彩によって描かれた対象の内面が立ち顕れる作品群は、多くの鑑賞者に深い感銘をもたらすだろう。




「オスカー・ココシュカ―人々と動物の肖像」展は、2014年1月19日まで開催。(月曜、12月25日、1月1日休館)
ボイマンス・ファン・ベーニンヘン美術館 Museum Boijmans Van Beuningen
Museumpark 18-20
3015 CX Rotterdam
the Netherlands
www.boijmans.nl/en/
開館時間:
火曜日~日曜日 11:00-17:00
休館日:
毎週月曜日及び1月1日、4月27日、12月25日

2013年9月24日火曜日

レイノルド・レイノルズ「ロスト」 ハーグ「民衆宮殿」展

Stills: Reynold Reynolds, The Lost, 2013, 7-channel film installation. Courtesy Reynold Reynolds/West
Foto locatie: Jhoeko

1930年代にベルリンで制作されていたある娯楽映画。他の多くの作品と同様、 ナチスの検閲により撮影は禁止され、映画はついぞ日の目を見る事がなかった。近年、この映画の存在を偶然知ったアーティスト、レイノルド・レイノルズ (1966年アラスカ生まれ)は、3年を費やして映画の修復プロジェクトに取り組んできた。この作品「ロスト」が、関連の品々とともに、現在オランダ・ハーグの発電所を会場とした「民衆宮殿(volkspaleis)」展で展示されている。

オリジナルの映画についての調査は20人の専門家とともに行われた。映像の他にスケッチ、絵コンテ、当時の制作者のノート、撮影に使われた衣装や小道具も含まれる。映像のほぼ全てがモノクロの16ミリフィルムを使い世界各地で撮影され、撮影の一部は一般公開される中でも行われた。二時間半の映像が2500㎡の会場に設置された7つの巨大なスクリーンに分割されて上映されている。

物語は、ベルリンのとあるキャバレーで暮らすライター、写真家などの芸術家、キャバレーのダンサーらを巡るドラマである。音楽、酒、同性愛などの「享楽的な生活」と、それを忌み嫌うナチス政権下の警察当局とのせめぎあいの様子が、フィルム映像独特の撮影手法を駆使しながら断続的に映し出される。映像には、当時タブー視されていた要素や奇抜な演出が詰め込まれている。そして、検閲など重苦しい空気の中で暮らしていた芸術家らの心の葛藤が生々しく描き出され、現実離れした妄想にすすんでいく・・・。

発電所という雑然とした会場 、複数のスクリーンが同時に目に入る展示構成、映像の展開が時系列でなく場面が交錯していたり、出演者がすりかわったり・・・見るものにとって「軸」を見失いやすいので、時間をかけて、じっくりと作品の世界を味わう必要がある。それでも、映し出される映像や小道具等の展示物が、30年代のオリジナルなのか、アーティスト レイノルド・レイノルズによって再現されたものなのかという謎は、解けないまま残る。まるで7つの映像や展示されている小道具全体が一つの大きな渦となって鑑賞者を巻き込みながら、 戦前のベルリンと現代の間をゆっくり回転し続けているかのようだ。

「この作品に終わりはない」と展覧会を企画した画廊ウェストのマリ・ジョゼ・ソンデアイカーは語る。彼女の画廊は、この作品には白過ぎ、小さすぎると判断し、発電所の建物にたどり着いたという。 画廊など従来の枠組みから飛び出した 「民衆宮殿」展は昨年に続き二度目の開催。閉鎖的な美術界から踏み出して、一般の人々に歩み寄ろうという画期的な試みだ。

「民衆宮殿」は10月6日まで。 開館日は毎晩イベントが開催されている。



「民衆宮殿」 Volkspaleis
E.On Elektriciteitsfabriek
Constant Rebecquepln 20
2518 RA Den Haag
www.volkspaleis.org/2013/
ウェスト West
Groenewegje 136
2515 LR, Den Haag
The Netherlands
+31 (0)70 392 53 59
www.west-denhaag.nl
「民衆宮殿」 開催期間:
2013年9月13日 — 10月6日
水 — 日曜日 14:00 — 20:00

2013年9月17日火曜日

ムンクの生誕150年記念展開催

図1 Edvard Munch: The Scream, 1893,
Tempera and crayon on cardboard,
91 x 73.5cm, National Museum of Art,
Architecture and Design, Oslo,
© Munch Museum / Munch-Ellingsen Group /
BONO, Oslo 2013,
Photo: © Børre Høstland, National Museum,
© Munch-museet / Munch-Ellingsen Gruppen /
BONO
2013年はエドヴァルド・ムンクの生誕150年にあたり、母国ノルウェーではムンク・イヤーに沸いている。首都オスロにあるオスロ美術館とムンク美術館では、「ムンク150」と題した展覧会が共催されている。ムンクが「私の子どもたち」と呼び、2万点以上残した作品の中から絵画220点、版画等50点を選出し、ムンクの画業を振り返る。

ムンクは生と死を主題とした作品で知られるが、それは幼い頃に経験した肉親との死別に起因する。母親はムンクが5歳の時に、姉は13歳の時に亡くなった。医師であった父はふたりを失ったことにより精神を病んでしまう。ムンクの初期作品《病める子》に描かれた少女は、結核で亡くなった最愛の姉である。次々に愛する家族を失った失望感や孤独、また自身も病弱であるために常につきまとう病や死への不安や恐怖などは彼の作品に大きな影響を与えた。

1892年にドイツのベルリンに移住すると、ライフワークとなる「生命のフリーズ」の制作を開始する。そこに含まれる作品には、愛や裏切り、不安、嫉妬、死などが描かれている。このフリーズの一部として《叫び》(図1)《吸血鬼》《マドンナ》などの代表作が生み出された。ムンクは生命のフリーズを全体として生命のありさまを示すような一連の装飾的な絵画として考え、それぞれ独立した作品ではなく、ひとつの交響曲のように共鳴しあうものとして制作した。1902年のベルリン分離派による展覧会において、それまでに描いた22点の作品で構成される「生命のフリーズ」を発表した。「ムンク150」展では、このフリーズが約110年ぶりに再現されている。


図2 Edvard Munch: The Sun, 1911, Olje på lerret, 455 x 780 cm, Universitetet i Oslo, Aulaen,
© Munch-museet / Munch-Ellingsen Gruppen / BONO 2013,
Photo: © Munch-museet , © Munch-museet / Munch-Ellingsen Gruppen / BONO
1909年、45歳の時にムンクはノルウェーに帰郷した。長い外国滞在の後に再び目にした故郷の自然は、ムンクに調和と古典的な作品への興味をもたらした。1916年、オスロ大学の講堂に11面からなる装飾壁画「アウラ」を完成させた。講堂正面に配された作品には太陽が力強く光を放ち(図2)、そのほかの壁面には太陽の光に祝福されるノルウェーの豊かな自然が描かれている。この作品の完成以後もチョコレート工場の装飾画「フレイア・フリーズ」や、オスロ市庁舎のための装飾画など精力的に活動を続けた。絶望に苛まれていた《叫び》から希望に満ちた《太陽》を描くに至ったムンクは、1944年1月23日に80年の生涯を閉じた。

本展の展示会場は二会場に分かれている。1882-1903年の作品はオスロ美術館、1904-1944年までの作品はムンク美術館に展示されている。「ムンク150」展は2013年10月13日まで。
オスロ美術館 National Gallery of Norway
Universitetsgata 13
0164 Oslo, Norway
+47 21 98 20 00
www.nasjonalmuseet.no/en/
ムンク美術館 Munchmuseet
Tøyengata 53,
0578 Oslo, Norway
+47 23 49 35 00
www.munch.museum.no
開館時間(共通):
月-水、金-日 10:00-17:00
木 10:00-19:00

2013年9月6日金曜日

“ルーヴルの女神”「サモトラケのニケ」、大規模修復スタート

©Victoire de Samothrace, Musée du Louvre
パリ・ルーヴル美術館のギリシャ彫刻の傑作「サモトラケのニケ」と展示エリアの修復が、9月から始まりました。
「ニケ」は勝利の報を伝える女神のこと。紀元前2世紀に作られ、1863年にエーゲ海のサモトラキ島で発見されました。羽を広げたまま船の船首部分に舞い降りた瞬間をとらえた姿は、力強さと美しさを兼ね備え、見るものの心を奪います。

世界中から集まる美術ファンにとって、修復作業のためにニケ像がしばらくの間鑑賞できなくなるのは残念なことですが、本来の大理石の美しさを取り戻し、来年春には再び登場する予定です。
また、ニケの素晴らしさを引き立たせているのが「ダリュの階段」を含めた展示スペースです。ルーヴルを訪れた人は、この階段の頂上に立つ「女神」の姿を目にします。そして、この階段を一歩づつのぼりながら最上段のニケ像に近づきます。まさに傑作の展示にふさわしい環境が作り出され、ルーヴル美術館で最も成功した演出ともいわれています。

この階段を含め、天井や壁も含めた展示エリア全体も修復され、2015年に完成する予定です。
ニケ修復についての詳細は、以下のルーヴル美術館の特別ウェブサイト(日本語版)に掲載されています。またルーヴル美術館では、この歴史的修復工事のために個人からの寄付キャンペーンをスタートさせました。ご関心のある方は是非ウェブサイトをご参照ください。
www.louvresamothrace.fr/jp/

日本テレビホールディングスも「サモトラケのニケ」修復を支援しています。
www.ntvhd.co.jp/pressrelease/2013/20130904.html

2013年8月23日金曜日

「フェルメールと音楽―愛と余暇の芸術」展


もしも音楽が愛の糧であるならば、奏で続けよ。
―――シェークスピア『十二夜』

17世紀のオランダでは、画家たちは音楽に強い興味を抱いていた。オランダ絵画黄金時代に制作された絵画のうち一割以上が音楽をモティーフに描かれ、ヨハネス・フェルメールにいたっては現存する36点中12点にものぼる。ロンドンで開催中の「フェルメールと音楽」展では、そのうち5点のフェルメール作品に加え、ヘラルト・テル・ボルフ、ハブリエル・メツー、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホなど同時代の画家たちの音楽にまつわる作品を展示している。

オランダにおいて音楽は複雑で高尚な芸術というものではなく、全ての階級の人々にとって身近な娯楽であった。彼らは自分たちで演奏したり歌ったりできる室内楽のようなシンプルで親しみやすいものを好み、友人宅に集まって演奏会をしばしば行うなどしていた。生活に密接した音楽は、絵画のなかでもさまざまな象徴として描かれた。肖像画では楽器や楽譜は描かれた人物の才能や階級を示し、日常生活の一場面を切り取った作品では描かれた人々の教養や社会的地位を示した。


さらに音楽はハーモニー(調和)が重要であることから、男女間の恋愛と結び付けられるようになった。とくに音楽のレッスンは未婚の若い男女が一緒にいても不自然でない数少ない情景として人気があった。メツーの作品では、音楽教師である男性がレッスンを中断して若い女性にワインを勧めている。(図1)背景にはシェークスピアの恋愛喜劇『十二夜』を描いた絵画がカーテンから覗いており、これからふたりに訪れる出来事を予感させる。

図1
Gabriel Metsu (1629 - 1667)
A Man and a Woman seated by a Virginal
about 1665, oil on oak
38.4 x 32.2 cm
The National Gallery, London, Inv. NG839
© The National Gallery, London
図2
Johannes Vermeer (1632 - 1675)
The Music Lesson
about 1662-3, oil on canvas
73.3 x 64.5 cm
Royal Collection Trust
© Her Majesty Queen Elizabeth II 2013

図3
Johannes Vermeer (1632 - 1675)
A Young Woman seated at a Virginal
about 1670-2, oil on canvas
51.5 x 45.5 cm
The National Gallery, London, Inv. NG2568
© The National Gallery, London


フェルメールが描いた《音楽のレッスン》(図2)では、ヴァージナルを演奏する女性とそれに聴きいる男性が描かれている。女性は演奏に集中しているようにみえるが、頭上の鏡に映る彼女の顔は男性のほうを向き、彼に心を寄せている様子がわかる。ヴァージナルの蓋には「音楽は歓びの伴侶、哀しみの薬」と記され、彼女の心情が暗示されている。当時、ヴァージナルは女性の声の象徴であり、ヴィオラは男性の声の象徴とされていた。女性の背後にはヴィオラ・ダ・ガンバが横たわり、ヴァージナルに合わせてハーモニーを奏でられるのを待っている風景。静謐な画面の中に男女のドラマが隠されている。

また、画家たちは鑑賞者を単なる傍観者としてではなく、絵画のなかでおこなわれる恋愛劇の当事者として画面に引き込もうと工夫し始める。フェルメールの《ヴァージナルの前に座る若い女》(図3)やヘラルト・ダウの《クラヴィコードを弾く女性》に描かれた女性は鑑賞者に魅力的な視線を投げかけ、横にあるヴィオラを手に取って演奏するよう誘っている。

音楽は17世紀オランダ絵画を読み解く鍵といえるだろう。

なお、本展覧会では17世紀のヴィオラやギター、ヴァージナルなどの展示に加え、同時代の音楽の演奏会が毎週木曜日から土曜日に開催されている。




「フェルメールと音楽―愛と余暇の芸術」展は2013年9月8日まで。

ロンドン・ナショナル・ギャラリー The National Gallery, London
Trafalgar Square,
London WC2N 5DN
The United Kingdom
+44 (0)20 7747 2885
http://www.nationalgallery.org.uk/
開館時間:
月-木、土、日 10:00-18:00
金 10:00-21:00

2013年8月12日月曜日

歴史とデザインが隣り合わせのロイドホテル&文化大使館 (アムステルダム)


Lloyd Hotel & Cultural Embassy

一つ星から五つ星の客室が一つのホテルに混在するというスタイルは、ロイドホテルの他に類をみない。客室の中は、7,8人用の長いベッドとグランドピアノが置かれたり、コンサート用の防音設備を備えたり、バスタブとブランコを中心に置いた天井裏や、巨大なキッチンがあったり。オランダらしい遊び心あふれるデザインで埋め尽くされている。
可動式のインテリアも多く、廊下に置かれた家具も自由に使ってよい。一般のホテルとは逆に、浴室とトイレを、あえて部屋の中心などの目に触れる場所に備えたこれらの客室では、備え付けの間仕切りを出し入れしたり、ベッドを横目にシャワーを浴びたり、浴槽につかるという、普段の生活とは全く違う時間と空間の使い方を提供、提案してくれる。




五つ星の部屋。浴室部分のデザインはMVRDV。

アムステルダム港東側の波止場にあるロイドホテルの名前の由来は、建物の元々の所有主である船舶会社ロイド。南米に向かう移民の健康診断・宿泊場として建設され、当時は一日最大900人が寝泊まりしたそうだ。1935年にロイド社が倒産した後、ドイツの占領下におかれていた第二次世界大戦中には、対独抵抗地下運動により捕らえられた人々を収容する場所として使用された。終戦後は一般の刑務所として、また後に少年院として使用された期間を経て、80年代後半からはアーティストのスタジオスペースとして利用されるようになった。


アーティストが制作、暮らし、交流していた1989年から1999年。彼らによって、それまで陰鬱で閉塞的な印象を作り出していた壁が取り払われ、それまでとは一転して開放的な空間と雰囲気が生まれ、様々な人が行き交うようになったという。アーティスト達の開放的で独創的な精神は、ホテルの創始者であるスザンヌ・オクセナー、オットー・ナンにより、現ロイドホテル&文化大使館 Lloyd Hotel & Cultural Embassyに受け継がれ、様々な形で建物のあちこちに顔をのぞかせている。

建物をホテル用に改築するに際して最重要視されたことは、「暗い歴史からの解放」、「空間を生かしつつ遊びの感覚を入れる」ことであった。オランダの建築集団MVRDVは、建物の中央部分を吹き抜けにし、明るく開放的な空間を作り出した。建物内では、文化大使館というだけあって常に現代美術、デザイン作品に囲まれる。一例として、最上階にはスーチャン・キノシタの作品が、地元でも評判の高いカフェ&レストラン入り口にはアムステルダム在住の作家、渡部睦子によるインスタレーション「LLOYD LIFE」がある。さらにカフェ上層部には展示やワークショップのためのスペースと図書館が設けられていて、来館者は自由に歩き回ることができる。 デザインとアートが集約され、五感で体験する事ができるロイドホテル&文化大使館。歴史を踏まえ尊ぶその姿勢と発想に魅了された。

*館内の写真へはこちらをクリックしてください。

ロイドホテル&文化大使館 Lloyd Hotel & Cultural Embassy
Oostelijke Handelskade 34
1019 BN Amsterdam
The Netherlands
http://www.lloydhotel.com
t: +31205613636

2013年7月17日水曜日

仕事をするゴッホ展


図1 Vincent van Gogh Self portrait as a painter
1887-1888, Paris, Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
オランダのアムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館では、開館40周年を記念する展覧会「仕事をするゴッホ」が開催されている。ゴッホが画家として活動した10年間の成長過程を絵画150点をはじめ、素描、スケッチブック、手紙、絵の具やパレット等、総数200点で辿るものである。また、本展覧会はゴッホ美術館が8年間にわたって実施した絵画調査の集大成でもあり、ゴッホの絵画技術と実際の描画方法が詳しく紹介されている。

《画家としての自画像》(図1)は、制作意欲に燃える画家としての姿を描き出したとして、ゴッホの表情に注目されることが多い。しかしながらこの展覧会では、ゴッホが使用する画材に焦点をあてている。ゴッホは屋外用のイーゼルの前に立ち、方手にパレットを持ち、絵筆を握っている。絵筆は合計7本の平筆と丸筆である。平筆は面を塗るのに適しており、丸筆は細部の描き込みに適しているものだ。さらに、パレットに置かれた絵の具を分析した結果、二つの油壺の上にあるオレンジは「カドミウム・オレンジ」、その左に見える濃い青は「コバルト・ブルー」と「鉛白」を混ぜ合わせたものであると判明した。

図2 Vincent van Gogh Sunflowers,1889, Arles
Van Gogh Museum, Van Gogh Museum, Amsterdam
(Vincent van Gogh Foundation)
美術館の2階と3階では、科学調査の結果が写真や映像を使って分かりやすく説明されている。ゴッホは経済的理由から、しばしば一度描いたカンヴァスにまったく新しい別の作品を塗り重ねていた。ゴッホ美術館は塗り重ねられた可能性のある作品を、X線を使って写真撮影することによって、下にどんな絵が隠れているのかを明らかにした。そのほかにも、絵画から採取したサンプルを観察できる顕微鏡が置かれ、絵の具がどのように重ねられているのかを見ることができたり、絵の具の盛り上がりを手で触れて実感できるように作品の一部を立体復元したものが用意されているなど、さまざなま工夫がなされている。
図3 Vincent van Gogh’s Pallete from Auvers Musée d’Orsay, Paris
Photography: Erik and Petra Hesmerg

8月まで、ゴッホ美術館が所蔵する《ひまわり》(図2)に加えて、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《ひまわり》が《ルーラン夫人の肖像》を中心に左右対称に並べて展示されている。これはゴッホがスケッチブックに描いた三連画を再現したものである。また9月以降は、《寝室》の3バージョン(ゴッホ美術館、シカゴ美術館、オルセー美術館所蔵)が一堂に会する。そのほかにも、ゴッホが使用した唯一現存するパレット(図3)や、4点しか残っていないスケッチブックのうち3点が展示される貴重な機会なので、ゴッホファンにはぜひとも訪れていただきたい。


「仕事をするゴッホ」展は2014年1月12日まで。




ゴッホ美術館 Van Gogh Museum
Paulus Potterstraat 7
1071 CX Amsterdam
The Netherlands
+31 20 570 5200
http://www.vangoghmuseum.nl
開館時間:
5月1日-9月1日、2013年12月27日-2014年1月5日9:00-18:00 (金曜日は22:00まで)
2013年9月2日-2013年12月26日、2014年1月6日-1月12日10:00-17:00 (金曜日は22:00まで)

2013年6月18日火曜日

フランス・ハルス美術館、創立100周年記念展


オランダのハールレムにあるフランス・ハルス美術館は、今年100周年を迎えた。それを記念して17世紀オランダ絵画の黄金時代を代表する画家フランス・ハルスと、彼と影響関係にあった巨匠たちの作品を集めた展覧会「フランス・ハルス- レンブラント、ルーベンス、ティッツィアーノとの共通点」が開催されている。大規模なフランス・ハルスの展覧会は25年振りのことである。

ハルスは人物画を得意とし、モデルの自然なポーズや動き、快活な表情など、まさに血の通う人間の姿を描き出した。《笑う少年》(図左)では歯を見せ無邪気な笑顔をみせる少年が描かれている。17世紀の芸術理論では笑っている表情を描くことは大変難しいとされていたが、ハルスは魅力的な笑顔をすばやい筆致で巧みに表現した。

美術館奥の大広間には、ハルスによる自警団の集団肖像画が集められている。17世紀にスペインからの独立を果たしたオランダでは、防衛と治安維持のために市民が自警団を組織していた。彼らはしばしば集団肖像画を画家に注文して描かせた。集団肖像画が描かれだした当初は、全員の顔が整然と並ぶ集合写真のようなものが多かったが、次第に画面に動きが導入されるようになり、団員達の宴会という設定が流行した。ハルスは団員一人ひとりの表情や個性を描き分けながらも、気の置けない仲間同士がにこやかに酒を酌み交わす、賑やかな宴会の様子を描いた。この部屋の中央には宴会の食卓が再現され、あたかも観客が彼らの宴会に紛れ込んだような気にさせられる。

美術館中庭
展示室では、ハルスとそのほかの画家たちが同じ画題で取り組んだ作品が比較できるように並べて展示されている。そのうちの一組が、1622年にファン・バビューレンが描いた《リュート奏者》と、その翌年にハルスが制作した《リュートを持つ道化師》である。ローマで修行を積んだディルク・ファン・バビューレンは、音楽を奏でる人物やカードを遊びをする人物など、カラヴァッジオ派が好んで描いたテーマをオランダにもたらした人物の一人である。ハルスはバビューレンによってもたらされた新しい画題に取り組み、楽器を奏でる人物を複数描いている。《リュート奏者》に描かれた人物は茶目っ気たっぷりに微笑み、音楽を心から楽しんでいるようだ。

ハールレムを活躍の場としていたハルスであったが、近年の研究において同時代の画家たちとの交流が明らかになった。今展覧会はハルスを中心として、レンブラントやルーベンスなど、17世紀のオランダ・フランドル絵画の影響関係をたどるいい機会になるであろう。

展覧会は7月28日まで開催(月曜日休館)。

フランス・ハルス美術館 Frans Hals Museum
Groot Heiligland 62
2011ES Haarlem
The Netherlands
http://www.franshalsmuseum.nl/en/
開館時間:
月曜日休館
火 – 金 10 :00 – 17:00
土、日 11:00 – 18:00

2013年6月1日土曜日

高嶺格がオランダで個展


カスコの外観
2011年3月11日に東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故が発生した。それ以降、私たちの間には、漠然とした放射能に対する不安が広がっていった。その見えざる不安を日本人の現代美術家・演出家である高嶺格(たかみね ただす)が映像作品として可視化させた。これらの映像作品「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」は現在、オランダ、ユトレヒトのカスコにて紹介されている。





高嶺は同時代の問題をインスタレーションやメディアアート、パフォーマンスによって浮かび上がらせ、日本のみならず世界でも高く評価されている。例えば《ゴッド・ブレス・アメリカ》(2002年)は、アメリカが9.11以降イラク戦争に突き進むことに対する批判を出発点としたビデオ作品である。そこでは2トンの油粘土でできた巨像に「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌わせようと格闘する姿がクレイアニメの手法で映し出される。

Tadasu Takamine, Japan Syndrome – Yamaguchi Version, 
video. ca. 30 min, still, 2012. Courtesy of Casco
今回の展覧会は二会場で行われている。第一会場では「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」が展示されている。《ジャパン・シンドローム》とは、公募で集まったパフォーマーが地元のさまざまな商店などに出向き、原発事故による影響や放射能汚染の懸念を投げかけた時のやりとりをもとに、高嶺が台本を作り、再現した会話劇のシリーズである。山口、関西(京都・大阪)、水戸の3バージョンがあり、これら3作品を同時に展示したのがユトレヒト・バージョンである。

オープニングの風景
商品の安全性をたずねた時に、店員は福島から離れた土地の作物や外国産の魚をすすめたり、客に同調して放射能汚染を危惧したりするものもいたが、多くは不安と恐れを垣間見せながら「検査済みだから大丈夫」、「空気中にもある物質だから問題ない」など、国や県の安全声明や学者の主張を繰り返していた。疑問を抱いていても、政府が言うから、みんなが言うから「安全」と言わざるを得ない消極的な賛同、もしくは積極的に「危険」といえない空気が全ビデオを通じて感じられる。福島に近い当事者としての水戸、そこから離れた関西と山口の反応は当然違っていたが、やはりそこには通底するものがある。

第二会場のカスコ・ショップでは《核・家族》(2012年)が見られる。一階から地下一階の展示室の壁一面に高嶺家の平和な家族写真と世界中でなされてきた核実験の歴史を展示されている。平和な生活の裏で核実験が膨大な回数おこなわれ、日本の平和はアメリカの核兵器によって守られきたという事実が示唆されている。折りしも4月9日にはオランダのデン・ハーグにおいて、日本やオーストラリア、オランダなど核兵器を保有していない10ヵ国で構成する軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)の外相会合が開催されたところである。これからの原発を含めた核のあり方を話し合うためには、これまで見えていなかった問題を考察しなければならないだろう。高嶺の作品は、美術の力によってこれらの問題を明らかにしようとしている。

高嶺格<母と姉と松島>1989、
《核・家族》のインスタレーションより
「高嶺格:ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・ヴァージョン」は7月6日まで開催(月曜日休館)

 








カスコ Casco
Nieuwekade 213-215
3511 RW Utrecht
The Netherlands
http://www.cascoprojects.org/
カスコ・ショップ Casco shop
Voorstraat 88
3512AT Utrecht
The Netherlands
開館時間:
火曜日-日曜日12:00 – 18:00
休館日 毎週月曜日

2013年4月17日水曜日

アムステルダム国立美術館、グランドオープン

Rijksmuseum. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum

オランダのアムステルダム国立美術館が10年の改修工事を経て、2013年4月13日にグランド・オープンを迎えた。80からなる展示室では、17世紀の黄金時代を含む800年のオランダの美術と歴史を辿れるように、約95万点の所蔵作品の中から厳選した8000点が展示されている。
改修工事はスペインの建築家ユニット、クルス&オルティスにより行われた。彼らは美術館を設計したカイパルスに敬意を払い、「21世紀のカイパルス」を合言葉に、21世紀にふさわしい美術館へと変化させつつ、1885年に開館した当時の姿をよみがえらせた。

1876年、国立美術館建設のための建築設計コンペで、ピエール・カイパルス(1872-1921)が選出された。カイパルスはアムステルダム中央駅(1889年)など100以上の建築を手がけ、19世紀後半のオランダ建築を牽引した人物である。そのカイパルスが設計した美術館には330の展示室が用意され、室内も外壁も豪華な装飾を施されていた。彼の意を受けて建築装飾を担当したのはオーストリアの画家ゲオルグ・シュトゥルム(1855-1923)である。しかし完成当時から、豪華な装飾が作品鑑賞の妨げになるとして問題視され、1903年にはとうとう、展示作品にそぐわないとの理由で一部の壁が塗り替えられてしまった。さらに1920年代からは少しずつ装飾が取り外されたり隠されるなどして、1950年代に行われた改修工事を経た後には、すっかりオリジナルの姿からは遠いものとなってしまった。


左上: Great Hall. Photo credit: Jannes Linders. Image courtesy of Rijksmuseum
右上: Night Watch Gallery. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum
左下: Gallery of Honour. Photo credit: Iwan Baan. Image courtesy of Rijksmuseum
右下: Great Hall. Photo credit: Jannes Linders. Image courtesy of Rijksmuseum



今回の改修工事の重要な事業のひとつは、この装飾を再びよみがえらせることにあった。もっとも重点が置かれたのは2階にある「大広間」と「栄光の間」である。「大広間」の床はモザイクで彩られ、大きな窓にはステンドグラスが輝き、壁面には芸術家や学者、歴史上の人物とともに、芸術や科学技術を讃える寓意画が描かれている(写真左上)。大広間に隣接する「栄光の間」に続く扉の上には、《希望、信仰、愛の寓意》が描かれている(写真右下)。「栄光の間」には、17世紀のオランダ黄金時代を代表するフェルメールやフランス・ハルス、ライスダールなどの作品が並べられ、一番奥にはレンブラントの最高傑作《夜警》のために「夜警の間」が設けられている(写真右上)。素晴らしい作品群に目を奪われてしまうが、視線を上に向けると意匠を凝らした建築装飾が目に入る(写真左下)。10ヶ所あるルネット(壁面上部の半円形の部分)には、それぞれ芸術分野を象徴した女性とそれに従事する職人、その分野に結びつきの強いオランダの都市の紋章が配置されている。例えば、陶芸のルネットには、デルフト焼を手にする女性、陶器職人、そしてデルフトを有する南ホラント州の紋章が描かれてる。素晴らしい作品を生み出す職人たちと彼らを育んだオランダが讃えられているのだ。

改修工事に伴い、アジアの作品を紹介するためのアジア・パヴィリオンが増設された。また企画展を行う会場としてフェリップス・ウィングも改築中である(2014年完成予定)。アムステルダム国立美術館は歴史を尊重しながらも、時代の変遷にあわせた美術館へと変化し続けている。
アムステルダム国立美術館 Rijksmuseum
Museumstraat 1
1071 CJ Amsterdam
The Netherlands
https://www.rijksmuseum.nl/en
開館時間:
9:00-17:00 年中無休

2013年4月1日月曜日

印象派カイユボットと写真



図1 Gustave Caillebotte, The Floor-Scrapers, 1875, Musée d’Orsay, Paris

オランダのハーグにある市立美術館で、印象派の画家カイユボットの展覧会が開催されている。ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)は、印象派展に5回にわたって参加した、印象派の代表的な画家である。
裕福な家庭に育ったカイユボットは、まだ世間に認められていない印象派の作品を、購入するなどして経済面で支えた人物でもある。カイユボットの死後、遺言によって所有していた作品はフランス国家に寄贈された。現在、パリのオルセー美術館で印象派の作品を一堂に見られるのは、彼の功績によるところが大きい。

1874年、カイユボットは第1回印象派展を訪れた。そこにはモネの《印象-日の出》など光にあふれた新しい絵画が展示され、彼は魅了されてしまう。《床の鉋がけ》(図1)は第一回印象派展を訪れた後に描いた作品である。窓から差し込む光を背に浴びながら床を鉋で削る3人の労働者が描かれている。この絵を賞賛したドガの勧めで第二回印象派展に出品し、高い評判を得た。


図2 Gustave Caillebotte Pont de l’Europe, 1876 – 1877
Kimbell Art Museum, Forth Worth, Texas
 カイユボットはその後、当時暮らしていたパリのアパルトマンからみた風景やその近辺の通りの情景など、都市風景を主題として描くようになった。19世紀半ば以降、セーヌ県知事オスマンによるパリ改造により、今日見るようなパリの大通りや公園、鉄道駅が整備された。《ヨーロッパ橋》(図2)では鉄骨でできた橋の奥に、サン・ラザール駅が見える。カイユボットは新しく変容する近代都市景観を観察し、同時代の変化を捉えようとした。
図3 Gustave Caillebotte, The Pont de l’Europesketch,
c.1876, Private Collection

同じヨーロッパ橋を別の角度から描いた《ヨーロッパ橋、習作》(図3)の構図は大変興味深い。この作品では前景の幅いっぱいの道が、シルクハットをかぶる男の頭の後ろで急角度で収束している。この特徴的な遠近法は、カイユボットが作品制作の際に写真を利用していたことによる。

カーク・ヴァネドーとピーター・ガラシによる研究で、カイユボットは構図を決める段階で、しばしば広角レンズをつけたカメラで撮影した写真を用いていたことが明らかにされている。広角レンズは広い範囲を撮影することができる反面、広い範囲を圧縮してしまうために遠近感が強調される。この効果をカイユボットは絵画に取り入れたのだ。


この展覧会では、当時のパリの都市風景を撮影したステレオ写真のための一室も用意されている。ステレオ写真とは同じ写真を専用の眼鏡でのぞくと画面が立体に見える仕組みの写真である。のぞくとあたかも自分が19世紀のパリへタイムスリップしたかのような錯覚におちいる。これらの写真とカイユボットの作品を見比べることで、写真が絵画にもたらした革命の一端を知ることもできるだろう。

ギュスターヴ・カイユボット展は5月20日まで開催(月曜日休館)
デン・ハーグ市立美術館 Gemeentemuseum Den Haag
Stadhouderslaan 41
2517 HV The Hague
The Netherlands
http://www.gemeentemuseum.nl/en
開館時間:
火曜日-日曜日 11:00-17:00
休館日 毎週月曜日

2013年2月28日木曜日

リヒテンスタイン回顧展

Roy Lichtenstein, Whaam!,1963, Tate. © Estate of Roy Lichtenstein/DACS 2012

アメリカのポップ・アートの中心人物、ロイ・リキテンスタインの回顧展が、ロンドンのテート・モダンで2月21日から開催されている。1997年に73歳で亡くなって以降、初めての大規模な回顧展となる。初期から晩年までの作品125点を集め、美術と大衆文化の境界を揺るがしたリキテンスタインの画業を振り返ることができる。

リキテンスタインは漫画の一コマを拡大したような表現スタイルで知られている。彼が活躍した1960年代は、アンディ・ウォーホルらが大衆文化や身の回りの都会風景、あるいはマスメディアや広告の世界に取材して作品を制作しはじめた時代である。



Roy Lichtenstein, Oh, Jeff…I Love You, Too…But…, 1964, 
Collection Simonyi © Estate of Roy Lichtenstein/DACS 2012
1962年、リキテンスタインはニューヨークのレオ・キャステリ画廊で、人々の芸術に対する高尚なイメージを覆す衝撃的な作品を発表した。それは、《見て、ミッキー》という作品である。ディズニーの有名なキャラクター、ミッキー・マウスとドナルド・ダックが絵画作品として描かれている。強調された線、単純な色彩など漫画が持つ特徴をそのままに、このアニメキャラクターたちを巨大なカンバスに油彩で描き出した。ここで彼は、世の中に大量に出回る大衆的な印刷物である絵本の挿絵を、芸術作品へと変換してみせたのである。

彼の作品は、モティーフと描き方のせいで、しばしば単に印刷物を拡大しただけのものだと誤解される。だが、本当にそうだろうか。

たとえば、彼の最も重要な作品のひとつである《ワーム!》を見てみよう。この作品は1962年に出版されたコミック『戦争の全てのアメリカ人』収録の「スター・ジョッキー」という戦闘機パイロットが主役の作品の1コマである。

モティーフとなったコミックのシーンと比べると、背景を排除され、線描と色彩も整理されて、よりインパクトのある構図に変えられている。細部を見ると、印刷物特有の小さな点(ドット)が見えるが、さらに注意深く観察すると、これら正確に配置されたドットは機械印刷ではなく、すべて手作業で描かれている。リヒテンスタインはモティーフを大衆的な印刷物から借用しながらも、変更を加え、手作業で描くことによって、ただ一つしかない絵画作品に仕上げている。

回顧展ではそのほかにも、女性のヌードを描いたものや中国風の風景画など、あまり知られていない作品も展示されている。美術作品を独自の作風で描き変える「美術史上からの引用」シリーズでは、オリジナリティを絶対視する近代芸術に疑問を投げかける挑戦的な姿もうかがえる。この回顧展はリキテンスタインのさまざまな側面を知るよい機会を与えてくれるだろう。

リヒテンスタイン回顧展は2月21日から5月27日まで開催(休館日なし)。
テート・モダン Tate Modern
Bankside
London SE1 9TG
United Kingdom
http://www.tate.org.uk/visit/tate-modern
開館時間:
日曜日-木曜日 10:00-18:00、金曜日、土曜日 10:00-22:00
休館日なし

2013年2月4日月曜日

「天才」ダリ – ポンピドゥー・センター



特異な世界観を表現し、長い口ひげに代表される奇抜な外見と数々のスキャンダルで語られる20世紀の芸術家サルバドール・ダリ。現在、ダリの大規模な回顧展がパリのポンピドゥー・センターで開催されている。絵画、素描、立体作品だけでなく、写真や映画、ダリが出演したテレビ番組など200点もの点数が出品されている。


数ある傑作のひとつに「柔らかい時計」としても呼ばれる≪記憶の固執≫があげられる。この作品は現実と夢が奇妙に混ざり合う世界を卓越したテクニックで描いている。ダリの作品の中で最も知られたものであるが、実際に目の前にするとあまりの小ささに驚かされる。画面の大きさはたった24x33cmしかない。その小さな画面には、ダリのアトリエがあったポルト・リガトの海辺を背景に、現実世界には存在しえないだらりと柔らかい時計と肉塊のようなダリの顔が配されている。長いまつげは、今にも動き出しそうな昆虫を連想させる。絵画は「一般的には具体的な非合理性と想像される世界を色彩を使って手書きした写真」であると言ったダリの絵画観が端的に表われている作品である。


展覧会の後半では、ダリの世界にさらに入り込める仕掛けがなされている。それはアメリカの映画女優メイ・ウエストからインスピレーションを受けて制作されたインスタレーションである。この作品は彼女の肖像画を、唇をかたどった椅子や鼻の形をした家具、髪をカーテンで表現するなどして立体的な部屋に再構築したものである。ここで観客は文字通り作品の中に足を踏み入れ、自分の姿が作品の中に入り込んだ写真を収めることができる。

ダリの独創的な作品は一度見ると強く記憶に残るが、彼の奇抜な外見もまた人々に強烈な印象を与える。ぴんと跳ね上がった口ひげが特徴的な彼の顔は、もしかしたら彼の作品よりも有名かもしれない。自己演出に長けたダリは、自らを「天才」と称して常識から逸脱した行動をとり、新聞やテレビなどのメディアに次々と話題を提供した。商業的なものやショウビジネスを嫌う芸術家たちのなかで、ダリの積極的なメディアへの露出は注目を浴び、彼の名声の確立に重要な役割を果たした。しかしながら、我々は彼が作り上げた「天才」ダリの姿を信じ込まされてはいないだろうか。

本展覧会では、作り上げられた「天才」ダリのイメージに疑問を投げかけ、丁寧に作品を辿ることで本来のダリの姿を浮き彫りにしようとしている。

ダリ展は3月25日まで開催。(火曜日休館)
ポンピドゥー・センター  Centre Pompidou
19 Rue Beaubourg
75004 Paris
France
http://www.centrepompidou.fr/en
開館時間:
11:00-23:00  休館日 火曜