2013年8月23日金曜日

「フェルメールと音楽―愛と余暇の芸術」展


もしも音楽が愛の糧であるならば、奏で続けよ。
―――シェークスピア『十二夜』

17世紀のオランダでは、画家たちは音楽に強い興味を抱いていた。オランダ絵画黄金時代に制作された絵画のうち一割以上が音楽をモティーフに描かれ、ヨハネス・フェルメールにいたっては現存する36点中12点にものぼる。ロンドンで開催中の「フェルメールと音楽」展では、そのうち5点のフェルメール作品に加え、ヘラルト・テル・ボルフ、ハブリエル・メツー、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホなど同時代の画家たちの音楽にまつわる作品を展示している。

オランダにおいて音楽は複雑で高尚な芸術というものではなく、全ての階級の人々にとって身近な娯楽であった。彼らは自分たちで演奏したり歌ったりできる室内楽のようなシンプルで親しみやすいものを好み、友人宅に集まって演奏会をしばしば行うなどしていた。生活に密接した音楽は、絵画のなかでもさまざまな象徴として描かれた。肖像画では楽器や楽譜は描かれた人物の才能や階級を示し、日常生活の一場面を切り取った作品では描かれた人々の教養や社会的地位を示した。


さらに音楽はハーモニー(調和)が重要であることから、男女間の恋愛と結び付けられるようになった。とくに音楽のレッスンは未婚の若い男女が一緒にいても不自然でない数少ない情景として人気があった。メツーの作品では、音楽教師である男性がレッスンを中断して若い女性にワインを勧めている。(図1)背景にはシェークスピアの恋愛喜劇『十二夜』を描いた絵画がカーテンから覗いており、これからふたりに訪れる出来事を予感させる。

図1
Gabriel Metsu (1629 - 1667)
A Man and a Woman seated by a Virginal
about 1665, oil on oak
38.4 x 32.2 cm
The National Gallery, London, Inv. NG839
© The National Gallery, London
図2
Johannes Vermeer (1632 - 1675)
The Music Lesson
about 1662-3, oil on canvas
73.3 x 64.5 cm
Royal Collection Trust
© Her Majesty Queen Elizabeth II 2013

図3
Johannes Vermeer (1632 - 1675)
A Young Woman seated at a Virginal
about 1670-2, oil on canvas
51.5 x 45.5 cm
The National Gallery, London, Inv. NG2568
© The National Gallery, London


フェルメールが描いた《音楽のレッスン》(図2)では、ヴァージナルを演奏する女性とそれに聴きいる男性が描かれている。女性は演奏に集中しているようにみえるが、頭上の鏡に映る彼女の顔は男性のほうを向き、彼に心を寄せている様子がわかる。ヴァージナルの蓋には「音楽は歓びの伴侶、哀しみの薬」と記され、彼女の心情が暗示されている。当時、ヴァージナルは女性の声の象徴であり、ヴィオラは男性の声の象徴とされていた。女性の背後にはヴィオラ・ダ・ガンバが横たわり、ヴァージナルに合わせてハーモニーを奏でられるのを待っている風景。静謐な画面の中に男女のドラマが隠されている。

また、画家たちは鑑賞者を単なる傍観者としてではなく、絵画のなかでおこなわれる恋愛劇の当事者として画面に引き込もうと工夫し始める。フェルメールの《ヴァージナルの前に座る若い女》(図3)やヘラルト・ダウの《クラヴィコードを弾く女性》に描かれた女性は鑑賞者に魅力的な視線を投げかけ、横にあるヴィオラを手に取って演奏するよう誘っている。

音楽は17世紀オランダ絵画を読み解く鍵といえるだろう。

なお、本展覧会では17世紀のヴィオラやギター、ヴァージナルなどの展示に加え、同時代の音楽の演奏会が毎週木曜日から土曜日に開催されている。




「フェルメールと音楽―愛と余暇の芸術」展は2013年9月8日まで。

ロンドン・ナショナル・ギャラリー The National Gallery, London
Trafalgar Square,
London WC2N 5DN
The United Kingdom
+44 (0)20 7747 2885
http://www.nationalgallery.org.uk/
開館時間:
月-木、土、日 10:00-18:00
金 10:00-21:00

2013年8月12日月曜日

歴史とデザインが隣り合わせのロイドホテル&文化大使館 (アムステルダム)


Lloyd Hotel & Cultural Embassy

一つ星から五つ星の客室が一つのホテルに混在するというスタイルは、ロイドホテルの他に類をみない。客室の中は、7,8人用の長いベッドとグランドピアノが置かれたり、コンサート用の防音設備を備えたり、バスタブとブランコを中心に置いた天井裏や、巨大なキッチンがあったり。オランダらしい遊び心あふれるデザインで埋め尽くされている。
可動式のインテリアも多く、廊下に置かれた家具も自由に使ってよい。一般のホテルとは逆に、浴室とトイレを、あえて部屋の中心などの目に触れる場所に備えたこれらの客室では、備え付けの間仕切りを出し入れしたり、ベッドを横目にシャワーを浴びたり、浴槽につかるという、普段の生活とは全く違う時間と空間の使い方を提供、提案してくれる。




五つ星の部屋。浴室部分のデザインはMVRDV。

アムステルダム港東側の波止場にあるロイドホテルの名前の由来は、建物の元々の所有主である船舶会社ロイド。南米に向かう移民の健康診断・宿泊場として建設され、当時は一日最大900人が寝泊まりしたそうだ。1935年にロイド社が倒産した後、ドイツの占領下におかれていた第二次世界大戦中には、対独抵抗地下運動により捕らえられた人々を収容する場所として使用された。終戦後は一般の刑務所として、また後に少年院として使用された期間を経て、80年代後半からはアーティストのスタジオスペースとして利用されるようになった。


アーティストが制作、暮らし、交流していた1989年から1999年。彼らによって、それまで陰鬱で閉塞的な印象を作り出していた壁が取り払われ、それまでとは一転して開放的な空間と雰囲気が生まれ、様々な人が行き交うようになったという。アーティスト達の開放的で独創的な精神は、ホテルの創始者であるスザンヌ・オクセナー、オットー・ナンにより、現ロイドホテル&文化大使館 Lloyd Hotel & Cultural Embassyに受け継がれ、様々な形で建物のあちこちに顔をのぞかせている。

建物をホテル用に改築するに際して最重要視されたことは、「暗い歴史からの解放」、「空間を生かしつつ遊びの感覚を入れる」ことであった。オランダの建築集団MVRDVは、建物の中央部分を吹き抜けにし、明るく開放的な空間を作り出した。建物内では、文化大使館というだけあって常に現代美術、デザイン作品に囲まれる。一例として、最上階にはスーチャン・キノシタの作品が、地元でも評判の高いカフェ&レストラン入り口にはアムステルダム在住の作家、渡部睦子によるインスタレーション「LLOYD LIFE」がある。さらにカフェ上層部には展示やワークショップのためのスペースと図書館が設けられていて、来館者は自由に歩き回ることができる。 デザインとアートが集約され、五感で体験する事ができるロイドホテル&文化大使館。歴史を踏まえ尊ぶその姿勢と発想に魅了された。

*館内の写真へはこちらをクリックしてください。

ロイドホテル&文化大使館 Lloyd Hotel & Cultural Embassy
Oostelijke Handelskade 34
1019 BN Amsterdam
The Netherlands
http://www.lloydhotel.com
t: +31205613636